百年前新聞

2018-04-25

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訃報: 才賀 藤吉 (実業家、政治家)

大正4年7月30日

1915年(大正4年)7月29日 才賀藤吉氏が亡くなりました。享年44歳。

1870年に大阪に生まれ、大阪電灯株式会社に入社。
1893年に退社し、東京の三吉電気工場に入社しました。
三吉電気で京都電気鉄道(現在の京都市電、日本初の電車)の建設工事の現場監督となりました。
その経験を元に、1896年に京都で才賀電気商会を設立したとのことです。

25~6歳で、当時の成長産業で起業、ということは、現在のベンチャー企業のような起業家マインドを持った方だったんでしょうね。

この日本初の電車の建設に関わった経験を元に、日本各地の電気会社、鉄道の設立に積極的に関わっていきます。
当時は地方の電気会社や鉄道設立の機運が高まっており、そこで才賀電気商会が工事を請け負い、資材の購入をし、技術者を送り込んで、資金が不足していれば資金の提供をする、そうしたことで設立できた地方も相当数ありました。

彼が関わった会社は、100社とも150社ともいわれているそうです。
(詳細はWikipediaを参照ください)

既に廃業になっている会社も多いですが、この中では王子電気軌道(現在の都電荒川線)、伊予鉄道は、まだ現役で頑張ってますね。

ただ、これだけの会社に関わっていくと、当然資金的に無理をしたことでしょう。
明治天皇の大喪の礼により銀行が臨時休業した際、地方からの入金が滞り、会社は倒産してしまいます。

1908年に衆議院議員となっており、地方の企業家が多く所属する中正会に所属していました。
第36議会(1915/5/20-6/9)中に心臓病にかかり、死去となりました。

丁稚から会社を立ち上げ、数多くのインフラ整備に関わり、破綻しなければ立志伝中の人物になっていたかもしれません。
まだ44歳という若さで亡くなり、もう少し長く生きていれば、また一旗揚げることが出来たかもしれません。

明治時代の日本の産業の勃興期には、このような方が結構居て、日本の近代を作っていったんだな、と思います。


索引語:政治 鉄道 産業

Posted by 主筆 at 2015/07/30/11:33

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