百年前新聞

2018-04-22

百年前新聞とは?

今日の素牛 (運営日誌)

大正4年12月6日


このページは運営者素牛の日誌です。ネタバレもありますので、ご注意くださいね。

 

*毎日、編集後記を書くようにしました。

12月8日 花井卓蔵氏など

第37議会は、昨日とは打って変わって、しゃんしゃんと議事が進行しています。

島田三郎じゃなくて、花井卓蔵が仕切っていたからですかね?

島田三郎は、シーメンス事件の追及で前山本権兵衛内閣を倒した張本人で、政友会からは目の敵になっているでしょう。国民党も、党を割って出た張本人なので、あまり良く思ってなかったんじゃないかと思います。

対して花井卓蔵氏は大物弁護士で、大逆事件や足尾銅山の弁護をやっていたりで、その点、人徳と威厳があったんじゃないかと思いますが、さてどうでしょう?


バレーボールも、日本に入ってきたのは1912年ということで、まだまだルールも未整備で、スポーツというより遊びという感じです。

日本の女性の競技人口では、バレーがダントツ一位じゃないかと思いますが、このような時代からバレーが日本に根付いてきたんですね~

12月7日 議会の様子など

第37議会が本格的に開会しています。

この頃はまだテレビはおろかラジオもなく、議会の模様を伝えるのは新聞のみで、現在の新聞とは違って、議会の様子をビジュアル的に伝えています。

島田三郎議長の様子もなかなか面白いですね。

元田肇という方は、政友会の政治家で、いかにも政党政治家という感じがします。
第一回衆議院選挙から、この当時は連続12回当選(大分県)の重鎮です。

12月6日 第一次世界大戦の進捗など

連合軍の首脳が、会談を行なっています。

第一次世界大戦に関しては、当然ながら毎日の新聞に載っているのですが、各国発表の戦時公報が掲載されているので、全く本当のことが分からないのです。

やっぱり自国に都合が悪いことは発表しないもので、戦時公報というものは、そういうものなんでしょうね。

犬養毅がインド人問題について語っていますが、犬養毅と頭山満は同志なので、当然頭山満がかくまったインド人の行方を知っているはずなのですが、こういう高をくくったような談話を出しているのが面白いな、と思ったので、掲載してみました。

12月5日 上海の革命党蜂起など

上海の革命党蜂起は、孫文配下の陳其美という方が起こしています。

ちょっと前に、インド革命党員を国外追放していましたが、孫文は日本で革命運動をしながら、普通に新聞のインタビューに応じているという、日本政府はまったく違う対応をしていますね。

日英同盟の関係上、インドの革命は好まないということでしょうが、なかなか面白い対照です。

ロシア政府の転覆を狙うレーニンやトロツキーも、ロシアの同盟国のイギリス、フランスではなく、スイスに亡命しているので、そんなにおかしな対応ではないと思いますけど。


新宮(三笠宮さま)の主治医に決まった加藤照麿男爵も、少し調べてみたら面白そうな人物です。

照麿さんのお父さんは、加藤弘之という方で、明治時代の教育に大きな影響を与えた、明六社に入っています。東京帝国大学の総長も務められました。

で、その名家の加藤照麿さんの息子さんには、古川ロッパという喜劇役者と、浜尾四郎という推理小説家がいらっしゃいます。

こういう意外な人間関係がいろいろ見つかるのが、近代史の面白いところで、歴史好きというと戦国時代や、幕末がメインですけど、近代史は本当、大人の趣味だなぁ、と感じます。

僕も、このサイトを始めるまでは知らなかったことがほとんどですが、この面白さを上手く伝えたいな、と思っておりマス。

12月4日

もう少し身近に感じていただこう!と思って、運営日誌を始めることにしました。

12月4日は海軍の艦観式がメインです。

この落ちた片山国嘉さん、冬の海に落ちて心臓マヒなんかにならなくて良かったですね~

先日の陸軍観兵式と続いて、軍隊が身近な時代だったんだなぁ、と感じました。

この年は、飛行機がだいぶ身近になってきて、大ブームになっていることが良く分かります。

「20世紀のことばの年表」という本では、「着陸」「悪気流」「突風」などという言葉が流行ったそうです。

男と女が上手くいくことが「着陸」、雲行きが怪しくなったりすると「悪気流」という感じですかね。

袁世凱の帝政も、長く続いてきましたが、いよいよその日が近づいて来ています。

本で読んでると、袁世凱の皇帝就任のくだりも一瞬ですが、こうやって毎日更新していると、その間いろいろあったんだなぁ、ということが良く分かって、サイトを運営している意義を感じるところです。

袁世凱という人がどんな人だったのか、に関しては、この本はコンパクトにまとまっていて良かったですよ。



この時に袁世凱が皇帝になろうと思ってなかったら、中華民国もそれなりに力を保って、中国の歴史も全く変わったものになったんだろうな、と思いながら、記事を更新しているところです。

誕生日に入れた、ガントレットさんは、僕の趣味・・・
山田耕筰の義理のお兄さんで、耕筰に音楽を本格的に教えた方です。

山田耕筰の代表曲は、いろいろご意見があるかもしれませんが、やっぱり「赤とんぼ」ですよね。

今も口ずさまれている童謡も、山田耕筰のお姉さんがこの人と結婚しなかったら生まれなかったかもしれない、と思うと、面白いです。

エスペラント語を日本に紹介したり、秋芳洞の探検をしたり、いろんなことをされていますよ。


索引語:運営日誌

Posted by 主筆 at 2015/12/06/05:12

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