百年前新聞

2018-01-22

百年前新聞とは?

子は親より大きく・考えを変える/桃太郎主義の教育 第28回

大正4年10月6日

66. 親の三倍

試みに石を積んでみたまえ。上に乗せる石と下に置く石と、全く同じ大きさでは、とても多くは積まれないものだ。すなわち下に置かれる石は、上の石よりいくらか大きく、そのまた下の石は、さらにそれよりも大きくてこそ、はじめて釣り合いが保たれていく。

人間の後継者も、大いにこれと趣きが等しい。すなわち父が十のものなるに対して、その子も十のものであっては、その継ぎ方は決して堅くはない。父が十のものならば、その子は十二、孫は十五、ひ孫は十八と、段々数を増していくので、はじめてその後継力が安固なものになるのである。

それも地球が回るものでなく、世界が滞まっているものならば、そんな心配は要るまいが、太陽は一日も休まず、社会は日一日と進んでいく以上、これに伴って人間も、また歩を進めていく必要がある。

例えば今から五十年ほど前には、行灯(あんどん)が一番明るいものであった。それからランプが渡ってくると、もう行灯では仕事が出来ない。さらにガスが出来、電灯が用いられるようになると、ランプはもう屑屋へ払われてしまう。

人間もちょうど同じように、行灯の次はランプ、ランプの次は電灯と、その光を増す如く、子は親よりも、孫はまたその子よりも、より以上の力を進めてこないでは、とうてい社会の落伍者になる他はない。

三十年ほど前には、百円の月給取りといえば、抱え車で乗り回して、かなり贅沢な暮らしをしていたものだ。
ところが今の百円では、とてもそんな真似は出来ず、少なくも三四百円の収入がなくては、同じ暮らしはやっていけない。

されば親の代に月給百円でいた者なら、少なくともその子の代では、その三倍の俸給を取らなくては、親の真似は出来ないことになる。
だからこれを言い換えると、親はその子を育てるに、自分と同じような者を造ったぐらいでは、とうてい自分の後は継がされない。どうしても自分以上、二倍三倍の大きさに仕込まないでは、現状の維持すらも出来ないことになるのだ。

それに何ぞや、大佐の子が大尉で行き止まり、大臣の倅が書記官で終わるのでは、子としてはなはだ不甲斐ないばかりか、親としてもすこぶる不面目ではないか。
しかも今日の有様を見ると、名家の後に不肖の子が多く、三代目に至らずして、すでに家屋敷を売り飛ばす例が少なくない。気の毒な次第である。

67. 錆びた包丁

けだし明治の日本は、すでに幕府時代の日本ではなく、さらに大正の日本は、また明治の日本ではない。

王政維新から憲法発布、条約改正、連戦連勝と、年年歳歳進んできている。されば過去五十年の間に、諸般の物の相場なるものが、その幾倍かに進んでいる如く、また人間の実価なるものも、大いに騰貴せねばならぬはずだ。

否、これを世界の大勢に鑑みて、我が帝国の未来を思えば、その未来を背負って立つべき、今の子供の教育の、いかに大切であるべきかは、いまさら言うまでもないはずだ。

さればこそ、上は当路の大臣から、下は特殊の部落の如きも、決して教育をゆるがせにしていない。

文部省に教育調査会があって、学制改革の、国語整理のと、頭を悩まして世話をやけば、裏店のかかあもその子のためには、自分の着物を質に置いてまで、是非学校にはあげねばならぬと、胸を痛めて心配している。
これは元より頼もしいことだ。

しかしそうした世話や心配に、果たしてよく時勢を見、また子供を見るという、視力の明が伴っていようか?

もしせっかくの世話や心配が、ピントを外れているとすれば、一向何の役にも立たない。否、役に立たないばかりか、かえって害になるのである。

例えば世話をやく者が、相変わらず古い頭を持って、電灯を扱うになおランプの料簡でいたり、また心配をしている者も、とかく引っ込み思案でもって土台石を据えるのに、小石を袋に入れているようでは、電灯も光が鈍り、土台は直ぐにぐらついてしまおう。

ところが人間というものは、やはり包丁や鏡のように、年を経ると錆びがついたり、手入れが悪いと曇ったりする。

錆びた包丁は研がねばならぬ、曇った鏡は拭かねばならぬ。
しかるにいわゆる臭いもの身知らず、包丁はその錆びを忘れて、強いて物を切ろうとし、鏡はその曇りを顧みず、いっぱりし物を映した気でいる。
ああ禍(わざわい)なるかなだ。

出典

近代デジタルライブラリー
桃太郎主義の教育 巌谷小波著 
大正4年2月25日発行 東亜堂書房

WEB掲載用に、旧漢字を新漢字に変更、段落分けの調整等の改変を行っています。
現代では不適切な表現もありますが、当時の文章を出来るだけ活かすために、そのまま掲載しています。ご了承をお願いいたします。


索引語:桃太郎主義の教育 連載

Posted by 主筆 at 2015/10/05/16:02

follow us in feedly
このエントリーをはてなブックマークに追加

前の記事へ 次の記事へ