百年前新聞

2018-04-25

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教育者は老いても若い心を持て/桃太郎主義の教育 第30回

大正4年10月10日

70. 老いた身、若い心

所詮こういう矛盾も撞着も、元はどこから来るかというに、畢竟前にも言ったように、子供を率ゆべき大人が、何事も自分を目安として、自分以後の者は自分以上でなければならぬことを忘れ、自分だけの程度で足れりとする、姑息な了見から来ることだ。

俺の若い頃はどうであったの、今の奴らは生意気だのとは、彼らの口癖に言うところだ。その過去を謳歌し、現在を呪詛するような、間違った頭脳を持っている間は、所詮今の子供が、彼らの言うことを聞くものでもなければ、また彼らの思う通りに育てあげられるものでもない。

彼の諸方の中学校で、ややもすると教員排斥が起こり、舎監弾劾が企てられ、果てはストライキの、退学処分のと、いまわしい騒動が持ち上がるのは、時と場合でいろいろの原因もあろうが、要するに教育者と被教育者との間に、その思想の疎通を欠いているのが、その大なる原因である。

思想の疎通! 
これあるいは妥当の語ではあるまい。疎通はすなわち疎通しているが、彼の志とこれの考えとが、あたかも水と油の如く、とうてい融和しないためであるのだ。

さらに語を改めて言えば、教師は手を膝に置かせようとする。生徒は手を高く揚げようとする。教師は足元を見せようとする。生徒は遠くを見渡そうとする。
「左向け左」「まわれ右!」と号令通り動かし得るのは、体操の時間だけのことだ。すなわち肉体の上だけのことだ。
自由なるべき思想の上には、そんな号令の行われるものではない。

それを少しも知らないで、精神を動かすことを、なお肉体の如くならしめようとは、いったい先生の虫が良すぎる。

もしまた直ちに生徒をして、我が意の如く動かせようとするなら、我が意を彼らに強いるよりは、まずもって彼らの意を解し、さらに彼らの意をもって我が意と為すの必要がある。

老いたる心で若き者に臨むは、薪を負うて火を救おうとするようなものだ。火を消す前に焼かれてしまう。
それより若い心をもって、まず我が老いたる身を洗うがよい。されば水に入るものの、まず遊泳を心得ておくようなものだ。
かくてこそ、我が身も安全なら、また人をも救い得られる。

70. 材木か盆栽か

元来子供は白糸の如きものだとは、昔からよく言うことだ。その無垢な白糸は、大人によっていろいろに染められる。
それは大人自身の色の都合によるが、糸そのものの性質はよく調べない。このゆえに、その染め上がった色を見ると、赤に青に、黄に紫に、それ相応の色は出ているが、白糸で見た時ほどの、光沢のよく現れているのは少ない。
大人によって教育された子供が、なるほど一通りの人間にはなっているが、しかもその天真や天賦が、よく発揮し得ているか否かは、すこぶる疑わしいのである。

さらに他の比喩でいえば、子供は丸い団子である。
その初めは全く真ん丸であるが、これがいびつになったり、角ばったりするのは、それを握る者の手から来ることだ。
すなわちこれを握るのに、力が過ぎると平均を失う、そして形が崩れてしまう。また、なまじ小細工を加えて、いろいろな形にしようとすると、そのどんな形でも、初めの真ん丸に比べる時は、どれも決して見よくは無い。
大人が子供を仕込む気で、かえってこれを誤るのは、さながら丸い団子を扱いすぎて、いびつにしてしまうに等しい。

それよりも真の光沢ある糸を望むならば、この初めの白さにならい、真の丸い団子を求めるなら、その初めの丸さを保つ工夫をするのが、最も当を得たものであろう。

またこれを樹木に見る。
その苗木の時を見れば、どれも行儀のよい形をしている。これがすなわち天真である。
然るにその成長につれて、右にくねり、左に曲がり、いろいろ変わった形になるのは、風力や日光の加減もあろうが、多くはこれにハサミを入れる、植木屋の手心にあるのである。

それが庭の眺めならとにかく、いやしくも樹木を建築用としてその本文を尽くさせようというなら、松のくねったのより、杉の直の方が、どれほど役に立つかしれまい。

人間とてもその通り、いわゆる有為の人材になろうというには、その本来の特長を、出来るだけ発揮し得て、遂には天にも冲せんとする、彼の御料林の檜のようでありたい。
須磨や舞子の浜の松は、なるほど絵にはなり得よう。しかしこれを切ったところで、臼より他には用いられぬ。

いわんや初めからハサミ攻めに、切っては責め、摘んでは矯めした、かの盆栽のそれに至っては、たまたま床の間を飾りはしようが、いざという場合になって、ようやく薪ほどの役にも立つまい。

出典

近代デジタルライブラリー
桃太郎主義の教育 巌谷小波著 
大正4年2月25日発行 東亜堂書房

WEB掲載用に、旧漢字を新漢字に変更、段落分けの調整等の改変を行っています。
現代では不適切な表現もありますが、当時の文章を出来るだけ活かすために、そのまま掲載しています。ご了承をお願いいたします。


索引語:桃太郎主義の教育 連載

Posted by 主筆 at 2015/10/09/20:25

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