百年前新聞

2018-01-22

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真に偉大な教育とは/桃太郎主義の教育 第33回

大正4年10月16日

76. 羊に荷車

とにもかくにも日本の教育家は、ただ小心翼々として、小人物を作ることに汲々として、大人材を作りあぐべく、鉈(ナタ)があまりに小さすぎる。

かつて僕は岡田先生に聴いたことがある。

先生の静座の弟子に、学習院の教員連があるが、その人達はかつて高貴の方々の御教育を担任して、為に大いに神経を痛め、健康を損じてしまったので、それで静座法をはじめたのであった。

然るに先生は、初めその人々を見るなり、

「高貴の人を教育するがために、特に心を用いた結果が、遂に健康を害したというなら、気の毒ながら君たちには毫も教育家の資格がない。相手が貴人であろうが、平民であろうが、その間に些かの差も設けず、これを教化する覚悟あってこそ、初めて真の教育ができるのだ」

と、まずもって喝破したということだ。

僕はこの話を聞いて、また思い合わせたことがある。

「ある俳優は、悲劇を演ずる時、いつも目に涙を浮かべていた。それだからよく見物を泣かせた。なるほど名人は違ったものだ」

とある人が感心して言ったら、傍らからさらにさえぎって

「イヤ、あれはただ上手というだけで、まだ名人の域には上らない。真の名人の俳優なら、自分が少しも泣かずに、よく見物の涙をしぼるものだ」

と、これを駁した人があったそうだ。これも同一の筆法ではないか。

なるほど教育に気を揉んだために、ついに健康まで痛めたという。これはいかにも殊勝らしく、ちょっと感心される話だ。
また自ら泣いてかかるぐらい、芸に熱心な俳優も、また称揚すべき価値はあろう。

しかし相手が高貴であるそのために、まずもって余分の気を煩わして、遂に自分の健康を損じるような、そんな気の弱い了見方で、はたしてその教育に、根底の威力があるだろうか。また、自分がまず感じないでは、他を感じさせ得ないようでは、まだまだその人の芸は若いと言えよう。

太陽の光線は、高嶺の花にも、谷間の草にも、ともに一様の温度を与える。かくてこそ太陽の前には、万物がよく生育する。名将の指揮は、自分はその位置を動かず、ただ采を左右にするだけで、よく万卒を手足のように働かせる。
教育も芸術も、かくてこそ真に偉なりというべしでないか。

然るに日本の社会は、職のために身を痛めた教員を、ベストを尽くした理想的教育家と崇め、自ら見物と共に泣く俳優を、稀世の名優と褒めることは知っても、さらにそれ以上の、偉大なる強化力、天来の妙技を求めようとしない。

そんなことで国家も社会も、今日以上に発展を望むのは、羊に荷車を引かせ、アヒルに時を作らせようとするのだ。

77. 天賦の美芽

けだし慈善の極意は慈善の必要を無くすにある如く、教育の極意はまた教育せぬにあるのではあるまいか。

人、生まれながらにして、各々其の特性を有して居る。すればよくその特性を察知して、これが助長をのみはかるならば、必ず大成すべきである。

小児科の大家唐沢博士は、ある時の講演会で「いかにして子供を丈夫にすべきか」という題のもとに、その持論を求められたことがあった。
ところが博士はその時、まず劈頭第一「いかにして子供を丈夫にすべきか」というこの演題は間違っている。これはむしろ改めて、「いかにして子供を弱くせぬようにするか」と言うべきだと説いた。

博士の説によると、子供は本来皆丈夫なるべきものだ。それを大人がいじくりまわして、遂に弱くするのだということだ。
僕は実にこれを聞いて、大いに痛快を感じたのである。

もし子供というものを、天から与えられたままの有様で、最も任意に成長せしめたならば、おそらく完全な人間が出来るのだろう。
ところが人間に、とてもそれだけの度胸がない。といって、その子供の要求することを、真に聞き分ける能力もない。そこで自分から割り出した、大人本位の養育を行う。

そしてその最初において、まずその本性を曲げてしまう。曲がった本性がようやく伸びると、それをまた矯正しようとして、かえって別のいがみをこしらえる。こうして右に左に、前に後ろに、いじくりするうちに、見事神来の美質を失った、人間仕込みの人間をこしらえあげて、しかも得意でいるのである。

いったい子供は正直なものである。欲しいものには手を出し、嫌なことには顔をすむけ、泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑う。そして嘘だの駆け引きだのは、ほとんどこれを知らないのだ。

しかるにだんだん成長するに及んで、おかしくもないのに笑ってみせたり、したい事も控えてみたりして、人を欺き自己を欺くのは、皆大人が教えるのである。

これらはその一例であるが、こうした誤った大人の教育のために、せっかく伸びるべき天賦の美芽が、むげに摘み取られていることを思うと、真にもったいない話である。

出典

近代デジタルライブラリー
桃太郎主義の教育 巌谷小波著 
大正4年2月25日発行 東亜堂書房

WEB掲載用に、旧漢字を新漢字に変更、段落分けの調整等の改変を行っています。
現代では不適切な表現もありますが、当時の文章を出来るだけ活かすために、そのまま掲載しています。ご了承をお願いいたします。


索引語:桃太郎主義の教育 連載

Posted by 主筆 at 2015/10/16/15:54

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