百年前新聞

2018-01-21

百年前新聞とは?

原胤昭氏に藍綬褒章、松井須磨子が帰京ほか

大正4年12月28日

大阪朝日新聞 岡本一平画


大正4年(1915年)12月28日の出来事

【社会】官公庁が仕事納め
【海運】日本郵船がヨーロッパ航路を喜望峰経由へ
【海運】アメリカでは港が厳重警戒
【社会】原胤昭氏に藍綬褒章
【文化】松井須磨子がロシアから帰る
【社会】写真を上手に撮る方法
【災害】月島で大火
【中国】雲南省独立に関する続報
【イギリス】徴兵制をめぐる続報
【アメリカ】汎アメリカ科学会議が行なわれる

国内

官公庁が御用納め

28日が官公庁の御用納めとなっています。
12月29日から1月3日までの休暇です。

日本郵船が喜望峰迂回を申請、認可される

先日の八坂丸撃沈を受け、日本郵船はヨーロッパ航路を地中海〜スエズ運河経由ではなく、南アフリカの喜望峰周りとすることを申請、認可されています。

航海距離が伸びるため、運賃が上昇し、便数も減少することになります。新運賃はまだ計算中で決定されていません。

大阪商船メキシコ丸によるアメリカ港湾の厳重警戒の報


メキシコ丸 船員デジタルミュージアムより


大阪商船メキシコ丸が、アメリカから戻ってきました。

メキシコ丸の船員によると、独探(*スパイ)が時計仕掛けで船舶を爆発する新型爆薬を作り、武器弾薬を積んだ船が3日後に爆破されるということが起こっているとのこと。

アメリカの港では、埠頭や桟橋に見張り人を置き、構内にはサーチライトを備えた小型船が夜間の警戒を行なっているということです。

メキシコ丸の乗組員も、航海後3日間厳重な警戒を行ない、3日を過ぎると非常に安堵していました。


原胤昭氏に藍綬褒章


原胤昭

学校設立や出獄人保護の功により、原胤昭氏に藍綬褒章が授与されました。

原胤昭氏の談

私は本日午前11時、賞勲局に出頭して、藍綬褒章頂戴のありがたい仰せを得ました。まことに身に余る光栄と思っています。

私は今年63歳ですが、この事業(*出獄人保護)に発心したのは明治16年で、小さいながら私の一生の仕事です。
元来私の家は、幕府の頃、町方与力と申して、この事業と縁が深かったのです。

若い頃は鉱山事業や出版事業などもやり、その後監獄の教誨師となり、その頃からぼつぼつ出獄人の世話などもし、彼らの行く末に深い同情を感じて、いろいろ研究もしていました。

東京で出獄人保護所を始めたのは明治30年の1月で、この年には英照皇太后崩御の大赦があり、明治初年から初めての大赦でしたから、たくさんの、しかも長い間入獄していた人たちが出獄したので、どうしてもこのような事業が必要でした。

それ以来、私の保護した出獄人は3770人、その内に感化遷善の結果を見た者は7割で、そのことは本日頂戴した褒状にも記してあります。

感化の方法は、私の信仰するキリスト教の精神によってであり、経営の経済方面は近衛、前田、鍋島、細川、徳川、渋沢、森村の諸氏からいただいています。こうして、私一人の個人事業なのです。

なお本日の褒状には英和女学校云々の文字がありますが、それは明治9年銀座に私立英和女学校を私が創立したもので、私立の女学校を建てたのは、日本人として一番でした。この学校は、今の女子学院の前身になったものです。

松井須磨子がロシアから帰京


松井須磨子(ウィキペディアより)

ハルビンからウラジオストックまで興業を行なっていた女優松井須磨子が、東京に戻ってきました。島村抱月も同行しています。

松井須磨子の談

今度は大連からすぐ帰る予定でしたが、せっかくあそこまで踏み出したことゆえ、ひとつカチューシャに縁故の深いシベリアの景色を見ておきたいと思って、急に旅程を変えたような次第です。

ウラジオについて会場の準備にかかると、税関倉庫に入った道具は大蔵大臣の許可がなければ受け取れないとなって、領事館から交渉してもらってもどうしてもだめで、とうとう税金を出してカツラだけ受け取り、他は日本人からかりて開場するなど、随分困ったこともありました。

百聞は一見にしかずで、想像ではとても出来なかったシベリアの気分を味わうことができました。来年研究劇として登場するトルストイの「闇の力」の演出上にも、いろいろ役に立つことが多くございました。

写真を上手に撮る方法 三越写真館 泉谷主任

今、西洋ではセピア色の写真が流行っています。ですが日本では、普通の婦人には髪の毛が茶色になったりするので、あまり好まれないようです。

今のところセピアに、という希望は、ハイカラな方々に限られています。

婦人はとかく白粉をつけて撮りたがりますが、写真にはその必要がないばかりか、かえって微妙な皮膚の作用を妨げます。紅もつけないでと、気が進まぬ方は、いっそ墨をお用いになるがよろしい。

着物の色合いは、赤や黄は写真が感じないので、この二色が混じりあった模様は無地に写ります。写真では色を気にするより模様に重きをおいた方が良く、なるべく黒とか白の単色が良いのです。

月島で大火 全焼54戸

東京の月島でまたも火事があり、全焼54戸、中には大きな工場も含まれます。
原因は不明ですが、注文が多く徹夜での作業もあり、仕事の残り火が原因と思われ、消防中に一人が屋根から落ちて重傷となっています。

海外

雲南省独立に関する続報

雲南省の独立に関する公報が、北京の日置公使から外務省に到着しました。

これによると、今回の雲南省独立運動は、上海での事変のように勃発的なものではなく、貴州・広西省に波及することは間違いない、としています。

新聞報道では、袁世凱政府が動乱が拡大しないうちに、帝政を実行しようとしている動きを伝えていますが、日本・イギリス・フランス・ロシア・イタリアの各国は、帝政延期勧告をしている以上、容易に承認しないだろうと予測。

袁世凱政府が、直隷第三師団曹混に三万の兵を率いさせ南下した、という報道もあります。

イギリス内閣の動揺

昨日に続いて、徴兵制をめぐる内閣の動揺が伝えられています。

大蔵大臣、商務院総裁は、未だ募兵に応じていない未婚男子に即時徴兵を施行するという、内閣の決定に反対の意を表し、辞任をほのめかしています。

内閣ではロイド・ジョージ軍需大臣が即時実施を求めつつあり、アスキス首相がどう対応するかが注目されます。

ウィルソン大統領の特使 ハウス大佐がヨーロッパへ

ウィルソン大統領の意図を正確に各国の駐在大使に伝えるため、特使としてエドワード・マンデル・ハウス大佐がヨーロッパに派遣され、アメリカを出発しました。

ワシントンで汎アメリカ科学会議が開催


ランシング国務長官

ワシントンで、合衆国、中南米諸国から、1500名の代表が集まるアメリカ科学会議が行なわれています。

会議にはランシング国務長官も出席し、

「もし我らの一共和国の主権が海外より威嚇される場合には、合衆国が城壁となりて保護すべし」

と、アメリカによる中南米諸国保護の発言を行なっています。

このとき

出来事

・ゲオルギー・ミハイロヴィッチ大公が、日本の御大典奉祝のための使節としてペトログラードを出発。

・佐久鉄道が、中込駅〜羽黒下駅間開通

・浜松鉄道が、金指駅〜気賀駅間開通

誕生日

ウッドロー・ウィルソン アメリカ大統領 59歳
ジョン・フォン・ノイマン ブダペストのルーテル校在学中 12歳

編集後記

冒頭の画像は、朝日新聞の大正四年を回顧した記事です。
絵を描いているのは岡本一平という方で、<太陽の塔>や「芸術は爆発だ!」で有名な岡本太郎さんのお父さん。

お父さんの一平さん、お母さんのかの子さんも、ぶっ飛んだ方でした。


松井須磨子は、当時の人気女優で、「カチューシャの唄」「ゴンドラの唄」という劇から生まれたヒット曲もあります。
演出家の島村抱月と不倫関係にあり、スキャンダルの意味でも有名でした。

「ゴンドラの唄」は、今年マッサンのエリー役のシャーロット・ケイト・フォックスさんがカバーされています。(Youtube)
大正時代を代表する曲、ということで選ばれた曲なのかな、と思いますが、ちょっと演出の意図が分かりません・・・


ウィルソン大統領の特使ハウス大佐ですが、大佐というのは通称で、軍人ではなかったらしいです。

ヨーロッパ訪問の理由は書いてなかったのですが、アメリカによる講和の働きかけをしに行ったと理解するのが普通でしょうか。

調べていると、ハウス大佐はロスチャイルドの下僕、という表現もありますが、実際にユダヤ資本は英米が負けると困るので、ウィルソン大統領に働きかけをしていたということがあるようです。

理想主義者のウィルソン大統領ですが、アメリカ科学会議での国務長官発言は、中南米全域をアメリカの影響下に置くような、帝国主義的な発言になっています。

ウィルソン大統領といえども、帝国主義的な観念から逃げられない、そういう時代ですね。


では、本日は以上です!


索引語:産業 文化 社会 災害 中国 イギリス アメリカ ラテンアメリカ諸国 鉄道

Posted by 主筆 at 2015/12/27/23:14

follow us in feedly
このエントリーをはてなブックマークに追加

前の記事へ 次の記事へ