百年前新聞

2018-04-22

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ブレスト・リトフスク陥落、陸軍本州横断飛行ほか

大正4年8月27日

読売新聞


大正4年(1915年)8月26日の出来事一覧

【陸軍】本州横断飛行演習 所沢から越後高田まで
【第一次世界大戦】ブレスト・リトフスク陥落
【アメリカ】ハイチへの最後通牒

<国内>

陸軍本州横断飛行演習 所沢から越後高田まで

25日に行われる予定で天候不良のため延期となっていた、陸軍の本州横断飛行が行われました。
この飛行は、2月末~3月初に行われた所沢~大阪間の飛行に続き、山岳地を超える飛行としては国内初の試みです。
山岳地帯では、機体に故障が発生した場合に不時着する場所が無いため、乗組員は決死の覚悟で大飛行に臨んでいます。

午前6時20分にモ式13号に乗って徳川大尉、同26分にモ式19号で岡大尉、同30分にモ式20号で佐藤大尉が、所沢から中継点である軽井沢を目指しました。


所沢~軽井沢~高田

徳川大尉は、飛行中に発動機が故障し、7時43分に高崎練兵場に着陸しました。

岡大尉、佐藤大尉は9時5分、無事に軽井沢の離山小学校前に設置された長さ250m幅150mの発着所に到着。たくさんの群集が歓迎しました。

佐藤大尉
「所沢を出発して、高崎までは約55分間で飛びきり、いたって無事だった。安中町の上空で徳川大尉の13号を追い抜いた。高崎以後は風が強くて引き返そうと思ったぐらいだったが、風を避けながら薄井峠を高度1,200mで通過し、浅間の噴煙を目標とし無事着陸することができた。」

岡大尉
「高崎までは平凡であったが、その後は風が強く2,500mの高度で妙義浅間を目標として進んだ。途中で風に流されたが、さほどのこともなく、峠に差し掛かると乱気流におおわれて困った。」

軽井沢で天候を見極めていましたが、曇りではあるが風が弱いため、出発を決行。
午後3時53分に佐藤大尉、4時5分に岡大尉が高田に向けて出発しました。

軽井沢を両機が出発したとの報を受け、約5万人の見物客が着陸地である高田市街中野練兵場に集まり、花火を上げました。

午後5時20分に岡大尉は無事に高田に到着し、出迎えた高田師団将校と乾杯しました。

岡大尉
「途中、時々夕立にあい、また中野附近では突風にあい、最高2,800mの高さ(過去新記録)まで上った。途中、榛名、関山をを突破し、すこぶる愉快を感じた。」

佐藤大尉は、飯山を越えるところで馬力不足となり、峠を越える高度が出ず、千曲川河原に着陸。機体、操縦者ともに無事、との一報がありました。

夜は秋山近衛師団長を迎え、岡大尉の歓迎会が行われました。

<海外>

ブレスト・リトフスク陥落


ドイツのマッケンゼン将軍指揮の軍により、ブレスト・リトフスクが陥落し、ポーランド全体がドイツ軍に占領されたこととなりました。

アメリカのハイチへの最後通牒


ハイチの暴動に端を発したアメリカ軍のハイチ進駐に続き、アメリカがハイチに対して保護条約を締結することを要求しました。
保護条約の有効期間は10年で、25日間で回答するよう期限をつけています。

関連記事(7月28日アメリカ海兵隊ハイチ進駐)


<このとき>


出来事

・フランス大使館員のガロアが大使館の別荘に滞在中、中禅寺湖畔で新種の虫を発見しました。(9年後にガロアムシと名づけられます)
 ガロアムシ *虫が嫌いな方は見ない方が良いかもしれません。

・福井県の武岡軽便鉄道で、粟田駅~岡本新駅間が開通しました。


索引語:ドイツ ロシア ポーランド アメリカ 科学技術 第一次世界大戦 陸軍

Posted by 主筆 at 2015/08/27/11:11

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