百年前新聞

2018-01-22

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西来庵事件の恩赦、平安神宮で仮装行列ほか

大正4年11月13日

京都市内の様子(映像にみる近代京都の生活文化より)


大正4年(1915年)11月12日の出来事

【台湾】西来庵事件の恩赦
【社会】平安神宮で仮装行列
【社会】東京でも大賑わい
【社会】留岡幸助氏への藍綬褒章
【社会】三上博士の犬養毅への反論
【社会】御大典にちなんだ名前付け
【中国】治安維持の総統令、帝政延期勧告への対応

国内

西来庵事件への恩赦

7月に起きた台湾での反乱(西来庵事件)の謀反者も恩赦となりました。これについて、覆審法院院長が語っています。

「台湾の陰謀による死刑宣告者は866名で、一度にこれだけの死刑を見るということには、忍び難いものがあった。
これについては、安東台湾総督をはじめ、一同が苦慮していたが、本月一日までに死刑が執行された特に罪状が重い95名以外は、恩赦により減刑となった。実にありがたい次第である。」

平安神宮で仮装大行列

御大典を記念し、9時から平安神宮より、仮装大行列が行われました。

山の国神、弓矢の国神、徳川上洛式、織田信長行列式、流鏑馬式、藤原時代文官式、元禄時代武官式、元禄時代文官式の順序で、京都の街を練り歩いています。

御大典に参列した各国の大公使も見物し、日本の歴史的風俗に大いに興味をそそっていました。

東京でも大賑わい

東京でも皇居馬場先門の大奉祝門付近から、二重橋前の広場まで、大勢の人が詰めかけています。

京橋八丁堀からは神輿二台、本郷からも神輿が出て、芝区田町では山車が太鼓の囃子を伴い、街にくりだしました。

日比谷公園では小学校の連合運動会が行われ、夜はちょうちん行列、イルミネーション、花電車で非常な人出となっています。

留岡幸吉氏らに藍綬褒章


留岡幸助氏(ウィキペディアより)

18年前から、不良少年を対象に、巣鴨で家庭学校を経営し、感化事業を行っている留岡幸吉氏に、藍綬褒章が授与されました。
留岡氏は、内務省の嘱託で地方改良事業にも奔走され、各地の青年団等で講話を行なっています。
また、救世軍の山室軍平氏等にも藍綬褒章が授与されています。

留岡幸吉氏の談

もうかたじけないばかりで、聖典のありがたさに感銘を深くするばかりであります。私もいっそう責任が重くなりました。

内務省は先月限りでお暇を頂戴しましたから、今後はいっさい学校のために努力する覚悟であります。その矢先にこの恩命を承ったのも、なんらかの啓示でございましょう。

この事業はもちろん、普通の仕事と違って営利事業と違いますから、将来も相当な困難と闘うことは覚悟しています。

三上博士の犬養毅への反論


三上参次博士

昨日新聞に掲載された(大阪毎日)犬養毅の贈位への評価に対し、東京帝大教授三上参次博士が反論を述べています。

「犬養毅氏は相変わらず皮肉の舌鋒で、今回の贈位についてかれこれ難じているが、遺憾ながらその批評はことごとく的を外れている。またせっかくの聖恩に対して敵を作ることは、言語道断というべしである。(中略)

荻生徂徠に贈位があってしかるべき、ということだが、徂徠の政談中には、朝廷を抑え幕府を持ち上げるのみならず、将軍を指して皇上と称したことがあった。これが贈位の選に漏れた一因と思われる。」

御大典期間に生まれた子の名前

御大典期間に生まれた子供は、御大典にちなんだ名前が多く見受けられます。
後々までこの目出たい日と結び付け、記念にしようとするのも親の心情でしょう。

典次郎、即、正典、典子、礼三、悠紀子、等々の届け出がありました。

こぼれ話

御大典で京都滞在中の大臣は、旅館に宿泊している大臣と、素封家の家に宿泊している大臣がいます。

京都府知事は、上司である一木内相のために柊屋に最上のおもてなしをするように言い渡していましたが、最上の部屋は既に山内侯爵家、二番目の部屋は徳川公爵家が予約済となっており、三番目の部屋となっています。
その他、岡陸相、加藤海相、尾崎法相が宿屋組ですが、いずれも第一等の部屋は取れていません。

一方、素封家の家に泊まっている大臣は、その家の家族が女中部屋や書生部屋に移り、随分と丁重な対応を受けています。
特に大山内大臣の宿となっている大澤家は、隣地に家を建ててそちらに立ち退き、大山内大臣に邸宅のすべてを提供しています。

海外

中国情勢

総統令の発布

「革命党が内地に入り、動乱を企てている。政府は財政も好況に向かい、軍隊も整然としてきている。
各省長官、軍人は乱党に惑わされることはないだろうが、青年血気の徒で誘惑されるものがあるかもしれない。
各将軍は、乱党を取り締まると同時に、人民が惑わされないよう、注意すべきである。」

帝政延期勧告に関する四国公使の対応

中国政府が帝政の延期を言明してきていますが、これにはまだ疑問点があるとして、
日英露仏の各公使は、「当初の勧告趣旨に基づき、国内の形勢が全く静穏に帰すまで無期延期すべき」と再度警告するか、話し合いを行っています。

このとき

出来事


亀田村村章

北海道渡島支庁の亀田村(現函館市)で、村章が制定されました。亀と田を図案化したものになっています。

訃報: 樋口 光訓 (国学者)

天保13年(1842)会津藩生まれ、享年73歳。

幕末に会津藩が京都守護職を命じられた際、藩主容保のもとで働いています。
明治維新後は、岩倉具視の知遇を得て、愛君社を設立しました。
愛君社は皇典研究所の基礎となり、皇典研究所は国学院大学の基です。

誕生日

大山 巌 (73) 内大臣・元老
孫文 (49) 日本亡命中
ロラン・バルト (0) 誕生(フランスの哲学者)


索引語:中国 台湾 地方 思想 皇室 社会 訃報

Posted by 主筆 at 2015/11/12/19:39

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