百年前新聞

2018-04-25

百年前新聞とは?

大饗宴二日目、チリ公使の死去ほか

大正4年11月18日

ザリガニのポタージュ再現


大正4年(1915年)11月17日の出来事

【御大典】大饗宴二日目
【御大典】京城でも祝賀会
【司法】恩赦の対応
【訃報】チリ公使 エルボソ氏
【第一次世界大戦】英仏首脳の会談
【本日の広告】ガスコークス、鍾馗タイヤ

国内

大饗宴二日目


秋山徳蔵氏(ウィキペディアより)

二条離宮内の大饗宴場で、大饗宴が行われました。
一日目は和食で、二日目は洋食です。

各国の大公使一行、文武高官約2000名が参列しました。

*当日のメニューは、”天皇の料理番”秋山徳蔵氏が考案されています。
当日のメニューは、こちらをご覧ください。
カバーのザリガニのポタージュは、千葉県君津市の料理教室Aperireさんが再現されたものをお借りしました。

*詳しく確認されたい方はこちら

内閣書記官 牛塚氏の談

晩さん会は6時15分に、陛下の出御によって開かれ、7時45分入御と共に徹せられた。

陛下は9時30分に夜宴に出御あそばされ、万歳楽が始まり、9時50分に万歳楽が終わり、10時から5分休憩して、太平楽が始まった。

10時40分にそれが終わると、饗宴場が開かれた。白羽二重に覆われたテーブルの上には、仏国料理が純銀製の皿に盛られて、実に見事なものであった。
何とも言えぬ良い心持になり極楽世界にあったようであった。

11時になると陛下は還幸され、諸員は車寄せまで見送り申上げ、最敬礼のうちに龍顔うるわしく還幸された。

大隈首相が微熱


大隈首相

大隈首相は続く御大典により疲れたのか、37度2~3分の微熱となりました。
天皇陛下の優諚により、二日目の饗宴には参列せず、宿舎で静養されています。

京城でも祝賀会

朝鮮の京城でも、御大典奉祝の祝賀会が景福宮で行われています。(来会者は6千名)
市中には数台の山車が出て、数万人が提灯行列を行なっています。

司法省が恩赦の対応で多忙

御大典による恩赦で、司法省に日々100件程度の恩赦申請が届いています。

恩赦の発表後、既に申請は600件を超えていますが、そのうち500件は、選挙法違反のため停止された選挙権、被選挙権の復権に関するものです。

司法省は、調査に多忙を極めています。

チリ公使 エルボソ氏 死去

御大典に参列しているチリ公使ドン・フランシス・エルボソ氏が、急きょ心臓麻痺で亡くなりました。享年54歳。

前日の大饗宴初日に参列し、京都ホテルに帰ってからも、各国の大公使と祝賀の宴を張っていました。

午後11時頃気分が悪いと退席。寝室に入ってベットに横たわり、急きょ付近の医者を呼びましたが、手当が間に合わず17日午前5時に逝去されています。

エルボソ氏は、チリの下院議員、下院の副議長、文部大臣を経て、外交官となりました。
ベネズエラ公使、ブラジル公使を歴任し、大正2年10月から駐在日本公使となっています。

赴任先の各国で、その国の風俗をスペイン語で著書にしており、日本に関しても思い出の記を作成していたところでした。

大変な日本びいきで、チリで日本博覧会を昨月開催し、成功されています。
チリから硝石を肥料として輸入することに尽力されるなど、日本とチリの商業界にも貢献されていました。

大隈首相の談

南米諸国からこの大典に参列した特派使節としては、チリ公使エルボソ氏のみにて、実に賓客中の珍客であった。チリ一国のみならず、南米全体の代表者であるかのように思われていた。

我が国民が国家的祝典に歓喜している際、突如としてこの報に接するは、同氏および遺族、故国のため、痛恨に堪えない。

同氏との会見は数回に過ぎないが、資性温良、内に奇才を蔵し、外交官の素質を有する模範的人物であった。

こぼれ話

御大典中、政友会総裁原敬氏、同志会総理加藤高明、後藤新平男爵の宿屋は隣同士でした。
それぞれの首領に挨拶に行く政治家が、路上でばったり会ってにらみ合いをしています。

本日の広告


海外

英仏の首脳会議

アスキス首相、グレー外相、バルフォア海軍大臣、ロイドジョージ軍需大臣が、フランス首脳と会談するため、パリに到着したと報道されています。

このとき

出来事


戦争画報(The Illustrated War News) ウィキぺディアより

・イギリスの戦争画報で、ヘルメットの普及に関して報道されています。

 *第一次世界大戦以前は兵士は布製の帽子を被っており、榴弾による被害を防ぐためにヘルメットが採用されました。

・アメリカが、保護国としたハイチの占領を完了しました。
 関連記事:9月16日

・ウィーンのヨハンシュトラウス劇場で、「チャールダーシュの女王」が初演になっています。
 チャールダーシュとはハンガリー音楽の一種で、元々は兵士募集のための歌だったものが、徐々に芸術的要素を高め、19世紀に大流行しました。

・オーストリア=ハンガリー帝国の戦艦「セント・イシュトヴァーン」が就役しました。
 (全長152m、乗員1087名の弩級戦艦)
 ハンガリー側の出資により、ハンガリーの初代国王イシュトヴァーン1世の名前から命名されています。


セント・イシュトヴァーン

誕生日

黎元洪 (51) 中華民国副大総統


索引語:アメリカ イギリス オーストリア フランス 司法 朝鮮 文化 食べ物 皇室 第一次世界大戦 訃報 ラテンアメリカ諸国

Posted by 主筆 at 2015/11/17/19:57

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