百年前新聞

2018-01-22

百年前新聞とは?

福岡捕虜脱走事件続報、ロシア派遣看護団ほか

大正4年11月26日


大正4年(1915年)11月25日の出来事

【社会】福岡捕虜収容所脱走事件続報
【御大典】大正天皇が桃山御陵を御親閲
【御大典】陸軍観兵式の概要が発表
【社会】日本赤十字社のロシア訪問看護団送別会
【社会】北里研究所の落成
【社会】遠隔療法の取り締まり
【第一次世界大戦】セルビア軍がアルバニアへ撤退
【訃報】杉本かね ほか

福岡捕虜脱走事件の続報

前日に引き続き、捕虜の脱走に関して取り調べが行われています。

ハック通訳への取り調べ


大阪朝日

捕虜収容所の通訳フリードリッヒ・ハック博士は、取り調べに対し「耳が聞こえなくなった」「足が痛いので入院させて欲しい」と答え、なかなか取り調べに応じる気配がありません。

京城で捕まって収容所に戻ってきたモッデ氏は、逃走の際に来ていた外套はハック博士のものを借り受けたと証言しており、収容所では二人を対面させて取り調べを行っています。

陸軍俘虜情報局 篠崎少佐の談

情報局には、5名の将校が逃亡したという報告があっただけで、詳細の情報に接していない。モッデが捕らえられたということも、新聞によって承知したぐらいである。

福岡の収容所は11か所の収容所中、最も責任が重い将校が居るところで、細心の注意を持って警戒の任に当たったと聞いているのに、一度ならず二度ならず、わずか数日間に5人まで逃亡者を出したということは、誠に遺憾に堪えぬ次第である。

我々は政略もなく情実もなく、国法の定めるところによって取り締まりをしている。
捕虜には捕虜の自由があり、それを越えてまで取り締まるということはできないので、日露戦争のときもロシア将校が逃走したこともある。

しかし取り締まりを厳重にしておけばこのようなことは起こらないので、今後に戒めたいと思っています。

大正天皇が桃山御陵を御親閲

25日は、父君である明治天皇の御陵を御親閲されました。

空高く秋晴れの日、大元帥の正装で桃山御陵を訪問されています。

伏見の町には奉祝門が出来、桃山停車場はこの日に備え、すべての塗り替え工事を行ないました。

大礼観兵式の発表

12月2日に行われる、陸軍大礼観兵式の詳細が、陸軍省より発表されました。

軍隊32,700人、飛行船が1隻、飛行機10機が観兵にあずかります。

ロシア看護団の送別会

26日に旅立つ、日本赤十字社の看護婦伊藤たまき、武藤さと、生沢たつ、中馬みさき、蜂谷かつ、出渕千代、事務員寺田大三郎の送別会が行われました。
(関連記事:11月6日

看護婦たちには、名誉を担ったと嬉しそうな気持ちが態度にあらわれています。

花房 日本赤十字社社長の訓話

今回選抜された皆さんは、前に派遣された人々と協力して、できるだけ傷病兵の看護に尽くし、日本赤十字の名を辱めないようにせられたい。

かの地は御承知のとおり、非常に寒いので、できるだけ身体の壮健をはかってもらいたい。

派遣される看護婦の談

かの地はすでに雪が降り、氷が張っているほどの寒さとて、十分防寒の用意はしていきますが、すべての支給はかの地についてから受けることになっています。
それゆえ、現在はほんの道中を防ぐだけで、紺ラシャの制服の上に、ラシャのマント、襟巻、オーバーコートの裏に真綿をたくさん入れて、襟のところには毛皮をつけました。

嬉しくて名誉ある職務につくのだと思うと、日本を去るのが少しもさみしくなく、かえって早く行きたいと思うぐらいです。

しかしかの地についてからは、私らの職務は大きく言えば国際的関係を持つことですから、その責任を思うと、十分注意に注意をして、無事に職務を全うしたいと、今から心を占めております。

北里研究所の落成

伝染病研究所の移管問題で官立研究所を去った北里柴三郎博士以下の所員により、昨年北里研究所が新設されています。

非官僚派医学のため、大いに気を吐いていますが、このたび新しい建物がほぼ完成し、12月11日に開所式を行うことになりました。

北里氏が経営する芝白金養生園の裏手に福沢家所有の地所があり、これを借り受け、ここに昨年暮れから建設されていたものです。

敷地2500坪、建坪1040坪で、血清室、化学室、培養室、大講堂、実験室、試験動物飼育所等の私設があります。

我が国における最大の私立研究所です。

建物: 博物館明治村サイトご参照

チリ公使エルボソ氏の葬儀

御大礼の間に京都で亡くなった、チリ公使エルボソ氏の葬儀が、築地の教会で行われました。

大隈首相代理綾子夫人、石井外相、尾崎法相、箕浦逓相、加藤海相、秋山近衛師団長、島村軍令部長等々の要人と、各国の大公使が参列。天皇陛下からも勅使がありました。

葬儀後、遺体は横浜へと汽車で向かっています。

遠隔療法への取り調べ


大阪朝日

このところ、新聞に「霊妙なる遠隔療法」という広告が載っていますが、岐阜県警察ではこれを詐欺と認め、取り調べに乗り出しました。

広告文には、「四百四病がことごとく、薬品も機械も用いず、霊妙なる遠隔両方をで治癒せしむ」とあり、病名を記載し、2銭切手を、岐阜県恵那郡武並村の「森林宇宙霊楽寮施法所」に送れ、とあります。

これに申し込むと、「田中先生生霊治療法」という印刷物を送付してきて、治療を受けようとするものは、

・写真に添え一週間の施術料金3円を前納すべし。
・遠隔両方は依頼受付の日から着手。四日ごとに報告せよ。
・施療中は、脂肪多き食物、飲酒、喫煙、囲碁将棋等を慎むべし

という返事があります。

この寮長田中守平(32)は、以前にも広島で詐欺施療所を行なっており、広島県西警察署から岐阜県警察に対し連絡があり、岐阜県では取り調べを始めています。

みかんの季節


今年初の紀州みかんの船が、品川に入ってきました。
23日に有田を出発し、今日明日にも店先に並び始めます。

問屋の話では、「今年は気候が暖かく、入荷が1週間程度遅れました。収穫も半数ぐらいなので、値段は昨年より高くなると思います。」ということです。

このとき

セルビア軍がアルバニアへ撤退


ドイツ・オーストリア軍と、ブルガリア軍の攻勢にこらえきれず、セルビア軍がアルバニアへ撤退を始めました。

20万人のセルビア兵および民間人は、160kmもの山道を超え、寒さ・飢え・ブルガリア軍の追撃、アルバニア部族民の襲撃等により、数千人が亡くなったと言われています。

出来事


アインシュタイン博士

・ドイツの科学者アルバート・アインシュタイン博士が、一般相対性理論の最終論文を、プロイセン科学アカデミーで発表。

・白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)が、アトランタで再興されました。

・フランス、ロシアの軍事公債が、日本で発売されています。

・小野田軽便鉄道が、小野田駅~セメント町駅間(4.67km)で開業。(現在の小野田線)

訃報

杉本かね (日本で最初の看護婦)


日本最初の看護婦、杉本かねさんが亡くなりました。享年78歳。

27歳のとき夫を亡くし、2児を抱え、働かざるをえなくなりました。

明治元年、30歳の時、大学東校(東京帝国大学医科大学の前身)に看護婦として採用され、当時の教授に、佐藤尚中、佐々木東洋等と働きます。

佐藤尚中氏が明治6年に順天堂を創設すると、そちらに移り、博士の助手として非常な信用を得ました。

特に西南戦争では、看護に尽くされており、また大隈重信が明治22年に右足を切断した時も、手術に立ち会っています。

後進の看護婦の教育にも努め、日本初の女医高橋瑞子さんも、かね女史の勧めで女医になったようです。

芸人を世話するのも好きで、三味線が趣味だったということです。

画像出典: 順天堂医院

ミシェル・ブレアル (フランスの言語学者)


1832年生まれ、享年83歳。

比較言語学の基礎を築いた一人で、言語学の父フェルディナン・ド・ソシュールをパリ大学に推薦した人物です。
オリンピック開催に際し、マラソン競技を提案したことでも知られています。

アルメル・レオン(フランスの経営者)

1829年生まれ、享年86歳。
労使対立を防ぐため、工場委員会を作り、労働者を経営に参加させました。
カトリックの考え方に基づき、1891年に、初めて家族手当の支給を始めた経営者ということです。


索引語:健康・医療 学問 事件 生活 皇室 社会 第一次世界大戦 訃報 鉄道 陸軍

Posted by 主筆 at 2015/11/25/16:20

follow us in feedly
このエントリーをはてなブックマークに追加

前の記事へ 次の記事へ