百年前新聞

2018-05-24

百年前新聞とは?

衆議院で内閣弾劾決議案上程ほか

大正4年12月18日

12月18日

大正4年(1915年)12月18日の出来事

【議会】衆議院で大隈内閣弾劾案が提出
【海軍】座礁した浅間が無事帰港
【社会】東京駅開業一周年
【産業】大阪砲兵工廠は徹夜で作業
【経済】米価の上昇
【社会】スコットランド人の僧侶誕生
【アメリカ】ウィルソン大統領の結婚
【訃報】ヘンリー・エンフィールド・ロスコ―(イギリスの化学者)
【訃報】エドワルド・バイヤン(フランス社会主義者)

国内

衆議院で内閣弾劾案が提出

衆議院は午後1時20分開会。
この日、内閣弾劾案が提出されるということで、傍聴席は普通席、婦人席、貴族院議員席、外交官席ともに、立錐の余地の無い満員となっています。

政友会・国民党提出の弾劾案(要約)

現内閣に涜職の獄が起こり、罪を閣臣の一員に嫁し、責任を回避し、口を聖旨に借りて留任をしたことは、立憲の大義に反する。
のみならず、大浦前内相不起訴の如き、乃木家再興の如き、ともに大臣輔弼の道を誤るものと認む。閣臣は速やかに引責処決すべし。

政友会総裁 原敬の演説


原敬

まずは、総大将の政友会原敬氏が登壇。

が、大隈重信総理大臣がまだ出席しておらず、「総理大臣が出席するまで、断じて演説はやらない」と、議場にはしばし無言の緊張が訪れました。

すると、国民党の佐々木安五郎氏がしきりに発言を求めますが、島田三郎議長は知らん顔をします。
佐々木氏は、「ぎーちょー」「議長、耳はあるか」「ぎっちょんぎっちょん」などと声を上げますが、島田議長は無視。

大隈首相が出席するまでの退屈しのぎには、良い余興となりました。


ようやく大隈重信首相が出席し、原敬氏が演説を開始。

「現内閣はことごとく秕政のみである。現内閣はすべての問題について、責任を他に転嫁しようとしており、まことに遺憾である。現内閣はよろしく政権に恋々とすることなく、人心を新たにする覚悟が必要である。」

原敬氏の演説は、叱るというより教えるといった調子で、演説が終わると野党からは怒涛のような拍手が起こりました。

その他諸氏の演説

まずは同志会の肥塚龍氏が登壇し、政友会内閣時代の非立憲的政治を述べ、内閣弾劾案の反対演説を行いました。

肥塚氏の演説には覇気が無く、泣くような調子で、議場の活気は一掃されます。


関直彦

続いて国民党の関直彦議員が登壇し、内閣を非難。

「大浦事件では、刑事政策上、微罪で検挙しないことは分かるが、大浦氏は重大犯罪であり、不検挙とした尾崎司法大臣の処置はまことに不適当である。

乃木家再興問題も、大隈首相は自ら知っていたと言っていたのに、宮内省に責任を転嫁するのは言語同断である。」

と堂々と述べ、ヤジもなく満場が傾聴する演説となりました。


菊池武徳

中正会の菊池武徳議員は、与党でありながら、大隈内閣の留任に非難演説を行なっています。

「大隈首相が、留任時に”陛下の御信任により、憲法を超越して留任した”と高言したことには驚いた。累を皇室に及ぼすことは憂慮に堪えない。」

と、内閣の辞職を勧めています。


森田茂

中正会の森田茂議員は、大浦前内相の不起訴、乃木家再興問題に関し、法学者の見解を引用しながら、一時間に渡って内閣の弁護に努めました。

また、大隈内閣が辞職しても、次の内閣が政友会となることは適当ではないと、政友会の攻撃も行なっています。


斉藤珪次

政友会の斎藤珪次氏は、内閣の留任は陛下と国民を欺瞞すること、と非難。

3月に行われた衆議院選挙での選挙干渉についても、大隈内閣を攻め立てました。

「森田氏が大隈首相を弁護するのは、弁護料をもらったからでは」と茶化し、与党側からは「弁護料とは何だ!」と怒りの声が上がりました。

尾崎法相に対しても、「御大典中、京都の島原で豪遊したそうですが」と個人的なことへも言及し、衆議院議長から注意を受けています。

弁護料に関しては、議長から発言の取り消しを求められ、斎藤氏はどちらでもと回答し、発言が取り消されました。

公友倶楽部の頼母木桂吉氏、同志会の小河源一氏は、大隈内閣を擁護する演説を行いました。

その間、場内では同志会は安達謙蔵、政友会・国民党は原敬総裁の周りに、伝達が行ったり来たりしています。


濱田国松

政友会の濱田国松議員は、内閣を辞任した加藤高明の下にある同志会議員から、内閣に責任が無いという言葉を聞くのはおかしい、と説いています。

また、増師問題に監視、大隈首相が国民党議員に対し、金銭ではなく官職で誘った事例があることを暴露しました。(議員の名前は、問題があるので明かさず)

大浦氏は引退して再犯のおそれはないが、天下に大浦氏と同様のことを行なう政治家もあり、一人を罰して万人を諫める必要がある、政界矯正のため是非とも検挙を行なうべきだった、と尾崎司法大臣を攻撃。

また内閣の各大臣に対して、「皆さんは大隈伯に育てられた政治家であり、であれば大隈伯の晩年を誤ったものにしないよう、皆さんから大隈伯に辞職を勧めるべきである」と述べています。

最後に、公友倶楽部の金沢種次郎議員が登壇しましたが、論旨が支離滅裂で「下がれ下がれ」のヤジが飛んでいます。

原敬氏もこれには大笑いで、石井菊次郎外務大臣も議員要覧を取り寄せ、どんな人か調べながら聞いていました。
傍聴人からは、「よくもこんな与太議員を登壇させたものだ」と、あきれられています。

大隈首相の演説


大隈重信

ここで大隈重信首相が登壇し、ゲンコを振り回しながら、

「原氏の演説を聞くと、独断的感情論である。君主の命に背き、自己進退することは不可である。諸君の責任論は、君主権を犯すものである。」

と言ったところ、野党側では「君主権を犯すとは何ぞ!」と蜂の巣をつついたような騒ぎとなりました。


武藤金吉

政友会の武藤金吉議員は激怒し、壇上に駆け上がり、演壇の卓上にある演説原稿を引き裂いて、足元に踏みつけました。それから大隈首相の腕を取りましたが、守衛や与党議員が駆けつけ、大隈首相を避難させています。

議場では与野党議員の殴り合いも始まり、収拾がつかない騒ぎとなりました。

採決

議場が静まったところで、内閣弾劾案の採決が行われ、与党多数により、賛成132、反対222で弾劾案は否決されました。

第二、第三弾劾案

続いて、中正会の大場茂馬氏による尾崎司法大臣の弾劾案、中正会林毅陸氏による大隈首相留任非難決議案も上程されましたが、いずれも否決されています。

政友会代議士 懲罰へ

緊急動議が行われ、大隈首相の演説を妨害したとして、武藤金吉、小林源蔵、広岡宇一郎、鳩山一郎、秦豊助、岩本平蔵氏を、懲罰委員会に附すことが、討論をせず起立者多数で決議されました。

政友会代議士から、乱闘に参加した同志会議員の懲罰の提案もありましたが、これは否決されています。

武藤金吉に対しては、懲罰は免れないことは衆目が一致していますが、その他の議員に関しては懲罰が必要か、疑問の声が上がっています。

懲罰委員会に附されることになった広岡宇一郎氏は、「馬鹿にしてやがる。今度多数になったら、みんな懲罰に附してやる。」と語りました。

座礁した浅間が無事帰港


1月30日、メキシコ沖で座礁した浅間が、応急修理を終え、無事に横須賀に戻ってきました。海軍では将校が揃って出迎え、横須賀市長も、出迎えに行っています。

副長の南郷次郎中佐談

(*第一次世界大戦で)南米方面の索敵にあたっていたが、オークランド沖の開戦に敵艦を掃討してからば、北上して通商貿易の安全をはかっていた。

北米に大暴風があり、海岸が破壊されたので、メキシコのサンバトロメールに入港しようとした。これが1月30日午後2時頃。

ここで、突然艦首に大音響があり、すわ座礁と直ちに全員をボートに移乗させ、全力をあげて防水の用意をしたが、瞬く間に機関部その他へ浸水し、動力は止まるし、無線電信もきかなくなってしまった。

東京駅の開業一周年


当時の東京駅 ウィキぺディアより

高橋東京駅長の談:

開業以来なんらの過失もなく、本年11月には御大礼で陛下の行幸もあり、歓喜に堪えない。収入も全国で一番の駅である。

開業当初は、建築がむやみに大きい、無用な構造という批難もあったが、今回の御大典では、それでも狭いと感じた。

26日に、職員一同で祝賀会を行なおうと思う。

大阪砲兵工廠は徹夜で作業

ロシアからの軍器の注文に追われ、大阪砲兵工廠は徹夜での作業を続けています。

昨年8000人だった職工は、現在2万1千人。徹夜での作業は、日露戦争以来のことです。

周辺の下宿屋、食堂は大繁盛で、職工では月給100円以上になる者も多く、金払いも良くなっています。

先日除隊になった満期兵を師団を通じて募集したり、まだまだ職工の募集をしています。

米価の上昇

米価調節調査委員会の影響か、米価がじりじりと上昇し、15円77銭で終了。9月には10円代であり、予測が難しい状況となっています。

スコットランド人僧侶の話題


京都の平安中学校の英語教師であるスコットランド人マックゴバールン(25)氏が、英文で300ページの論文を仕上げ、教士の資格を得ました。

氏は、滋賀県坂田郡柏原村の安立寺で、初めて人前でお経を読むことになっています。

マックゴバールン師の談

頭を剃ったので、風邪をひきそうです。

スコットランドに生まれ、それからアメリカに渡り、それからフィリピンに移住して、その後上海に移ったときに、仏教を志すようになりました。

私が僧侶になったのは、キリスト教が科学と一致しないことが多いことを自覚したためです。3年間苦心の結果、今ではようやくお経をあげられるようになり、覚束ないながら日本語で説教を試みたいと思っています。

海外

四平街鄭家屯鉄道 中国政府と借款を調印

中国政府は、横浜正金銀行との間に、四平街鄭家屯鉄道(*満州の鉄道)に関する借款を調印しました。

利子は5分で、年限は40年。担保は鉄道収入で、430万テールの契約です。

会計主任、建造技師長、運輸主任は日本人とし、建設に必要な材料を外国に発注する場合は、日本に優先権があります。

ウィルソン大統領の結婚


ウィルソン夫人

アメリカのウィルソン大統領は、ガルト夫人との結婚式を挙げました。
大統領の希望通り、結婚式は万事質素に、私邸で出席者も約30名となっています。

二人とも配偶者に死別した再婚同士で、蜜月旅行(ホネームーン)に2週間出掛ける予定です。


このとき


出来事

・ダーダネルス海峡に遠征していた英仏連合軍が、スブラ湾から撤退を開始する。先日の連合軍首脳会談の結果を受け、大きな戦績を残せないままの撤退です。
 関連記事: 8月10日ダーダネルス海峡戦12月5日連合軍首脳会談

・太田黒元雄が、第一回目の音楽サロンを開催。

・「チャップリンのカルメン」が公開される。(ムービーデータベース)

訃報:ヘンリー・エンフィールド・ロスコ― (イギリスの化学者)


wikipediaより

1833年ロンドン生まれ、享年82歳。

塩化バナジウムの水素還元により、金属バナジウムを生成することに成功。
また、ドイツの科学者とともに、光化学の変化の量は、九州された光エネルギーの量に比例することを発見されました。

訃報: エドワルド・マリー・バイヤン


wikipediaより

1840年生まれ、享年75歳。

第一インターナショナルに参加、1871年に普仏戦争で敗北した後に出来たパリ・コミューンでも教育担当相を務めた、フランスの社会主義者です。

ジャン・ジョレスと並ぶ社会党の指導者で、戦争には反対していましたが、ジョレスの暗殺後、第一次世界大戦が勃発すると戦争支持にまわり、戦争反対のメンバーを批判しました。

編集後記

本日は盛りだくさんですね。

衆議院は無茶苦茶です。映像があったらさぞ面白いことだろうなぁ、と思います。

佐々木蒙古王、武藤金吉など、今となってはほとんど知られていないですが、かなり濃いキャラクターが揃っています。

この中では、濱田国松氏は、なかなかの演説をされていると思いました。
現在の視点から見ると、第二次大隈内閣というのは、大隈重信の晩節を汚したという観点から見られることが多いですが、それを当時から見抜いていたとは、恐れ入ります。

濱田国松氏は、この約20年後に軍部と対抗して「腹切り問答」という気骨ある演説を行う方ですが、その素質がこの頃から垣間見えているように感じます。

大隈重信も、こんな人だったんだな、というのが良く分かりますね。もちろん、早稲田大学を創設したり、いろいろな功績がある偉人ですが、政治家としては独善的なところがあるように感じます。

かと言って、長年冷や飯を食べてきて、久々にめぐってきた権力の座であり、長州閥との闘いという人生をかけた(であろう)テーマもあり、そう簡単には政権を渡すものか、という思いがあっただろう、と思います。


その他いろいろ細かいことがありますが、東京駅の高橋駅長は、当時は有名だったようです。こんな記事にも登場していて、考え方が柔軟な方だったように思います。

ウィルソン大統領の新婦イーディスさんは、後日ウィルソンが脳梗塞で倒れることになり、実はその間大統領の職務を陰でこなすことになってしまいます。
この頃はそんなことになるとは誰も思っていなく、本当いろいろなことがあるものですね。

本日のところは以上です。


索引語:議会 原敬 大隈重信 経済 中国 海軍 鉄道 教育 アメリカ 産業 社会 宗教 訃報 第一次世界大戦 政治

Posted by 主筆 at 2015/12/17/22:04

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