百年前新聞

2018-04-24

百年前新聞とは?

雲南省が独立宣言、姦通罪に対する請願ほか

大正4年12月24日

大阪朝日新聞


【議会】この日の衆議院
【社会】八坂丸船長に感謝電報
【社会】姦通罪に関する請願
【社会】離婚の増加
【社会】警官の増棒
【中国】雲南省独立宣言
【ドイツ】ヴィルヘルム2世重病説
【訃報】長田秋濤 (フランス文学者)
【訃報】グリッペンベルク (ロシア軍人)

国内

この日の衆議院


堀切善兵衛

衆議院では、花井卓蔵衆議院副議長の辞任問題に関する質問、前日に続き各政党の予算修正案の討議が行われています。

福島県選出の政友会議員堀切善兵衛氏は、同郷の河野広中農商務大臣を痛罵し、人格として認めるべきところはあるが、知識不足で大臣としては向いていないと発言しました。

また、18日の大隈首相の発言に対し、

「陛下の赤子たる我々に、君主権を犯すとの実に過激な発言をしたが、各大臣から首相に注意をしてもらいたい」

と述べています。

八坂丸船長に感謝電報

先日の八坂丸沈没事件で乗客に死者が出なかったことに対して、シンガポール、マラッカから感謝の電報が、日本郵船に届きました。

「船長山脇武夫氏が沈勇果断により、水夫給仕にいたるまで規律厳正、よく乗客の生命を助けた」

姦通罪に関する請願が受理


矢島梶子

矯風会の矢島楫子女史を筆頭とした1255名が姦通罪に関する請願を行い、受理されています。

請願の内容

・姦通とは、妻のある男子が他の女子と関係する、夫のある女子が他の男子と関係すること、とする

・妻のある男子が妾を持ち、娼妓に接することは姦通である

・姦通の場合は、片方は離婚を請求でき、相当の賠償金を請求することができる

・現行法上、「有夫の婦人で姦通したる者は」を、単に「姦通したる者は」に改正する

(*当時は、女子の姦通のみが罪になり、男子の姦通は罪になりませんでした)

早稲田大学教授 中島半次郎氏の談

このような請願が、婦人の手によって行われたことを、誠にうれしく思います。

従来の法律は、女の姦通のみを重く罰し、男の方は軽くしているので、法律としては片手落ちであると言わざるを得ません。

妾の習慣を禁じることは、趣旨は良いと思うが、東洋の長い歴史的習慣もあることから、もう少し教育が進んでからでないと、事実上は行われないでしょう。

また、法律で反省を促し、制裁を加えることは出来ますが、心底から不道徳な行いをしないようにするには、どうしても宗教または教育の力が必要になります。

男子に節操の教育をすることはもちろん、女子にも不徳な男子の誘惑を拒絶するだけの品位と意志を教育することが必要です。
当人である女子が弱いと、法律の保護があっても、事実上泣き寝入りしてしまうことになります。

娼妓云々は、趣旨は良いが社会政策としてどうでしょうか。考えものではありますまいか。

離婚が増えた

最近の大阪市の調査によると、市内の離婚数が増加の傾向にあります。大正元年では1016組、大正2年は1131組、大正3年は1256組です。

この原因として、まずは例の自由結婚が近来ますます盛んになったことがあげられます。双方の性格などを深く研究しないで、外見ばかりに重きをおくので、そのうち嫌になって離婚となる。つまり軽率な結婚が、離婚の原因となるのです。

次には、年々生活難が激しくなるため、少ない収入で一家を維持することが出来なくなって、離婚やら一家離散などの悲劇が起こっているのです。

また、離婚の原因が家族制度にあることも事実で、舅や姑が一家の権威として嫁いじめをやる。それで嫁の方が昔のように女大学(*儒学的な女子教訓書)風に、舅姑の言うことを一から十まで命令に従っていれば大した悲劇は起こらないが、最近はそうもいかない。
嫁だって一個の人格だと権利の主張をすれば、家庭にいさかいが絶えることなく、ついに離婚に至るのです。

なお、離婚のうち、結婚後5年以内は試験期間と言うべきで、夫婦の年齢も若くて飽きっぽく、足手まといの子供も少ないので、離婚も容易である。また、舅や姑もまだ元気なので、干渉が多く、従って嫁や婿の憤慨も多くなるのです。

これが5年以上になってくると、家にも慣れてくるし、子供は多くなるし、再縁の望みも少ないということで、たいていの騒動は双方が折り合うから、離婚沙汰にはならなくなる。

よって、結婚後5年以内が最も肝要な時期です。

東京府が警官の月給増加を発表

東京府が来年4月からの警官の月給増加を発表し、警官たちが喜んでいます。
現在の平均月給は、巡査18円、部長22円、警部補25円です。

海外

雲南省が独立宣言

先日、袁世凱の皇帝就任中止を求めていた雲南省が独立を宣言した、という一報が入ってきました。

某消息通の談


蔡鍔(さいがく)

雲南の3個師団中、2個師団(2万人)は19日に活動を開始し、貴州の1個師団も目下進軍中である。

今回の挙兵は、蔡鍔が資金と勢力を持って雲南の将軍を語らった結果で、侮ることのできない勢力がある。

首謀者蔡鍔は、明治37年日本の士官学校を卒業し、主として湖南、広西等の軍事教育をしていたが、第一革命(*辛亥革命)が起こるや首領に推され、大いに奮闘した。

大正2年の末、袁世凱は彼を野に放っておくことの危険を思い、彼を北京に呼び寄せ、昭義将軍、参政院議員などにして大いに懐柔をしていたが、彼はどうしても袁世凱に推服することができず、常に不満を抱いていた。

本年11月中旬、彼は休暇を得て家族とともに北京を夜逃げし、同月23日に長崎に着いて同志と会談、5日間滞在し、12月19日に雲南に入り直ちに兵をあげたのである。

袁世凱の実力を知り、北京の実情には通じているし、南方方面の全部に渡って反乱がおこるに違いない。

ヴィルヘルム2世重病説


ヴィルヘルム2世

ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の病気が伝えられ、皇太子が急きょ戦場からポツダム宮殿に戻ったという報道がありました。
外電では、ヴィルヘルム2世の重病説、父親と同じ喉頭がんか、と伝えられています。

青山胤通(たねみち) 東京帝国大学医科大学教授談

この報道を見たところでは、まだその真偽は分からない。もし喉頭がんであれば、決して長いことはない。

ただ不思議なことは、非常に発熱したということで、がんであればそんなに急に発熱することはないのだが。

陸軍 長尾中佐

まだ公報が届いてないので、信頼することは出来ない。

ただ皇太子は非常に好戦的なので、もしカイゼルが倒れても、戦争は継続されるだろう。

現在のホルヴェーク首相は、カイゼルと大学時代の友人のため、内閣は変わるかもしれない。

このとき

出来事

イギリスがナジュド王イブン・サウードに、中央アラビア、ペルシャ沿岸地帯の領有を約束

訃報: 長田秋濤 (フランス文学者)


長田秋濤

明治4年(1871年)、静岡で徳川家家臣の家に生まれる。享年44歳。

法律研究のためにフランスに留学しますが、演劇、文学に関心を持ち、帰国後はフランス文学の翻訳や、演劇の改良に加わりました。

尾崎紅葉や、川上音二郎とも交流が深く、帝国ホテルの支配人もされたことがあるとのこと。

デュマの『椿姫』を日本に紹介した人物として名を残しています。

オスカル・フェルディナント・グリッペンベルク (ロシア軍人)


グリッペンベルク

1838年生まれ、享年77歳。

ロシア帝国の軍人として、1854年のクリミア戦争を初陣に、数々の戦場で殊勲を立てています。

日露戦争では、クロパトキン将軍の指揮に不安を感じた皇帝ニコライ2世により前線に送られ、日本軍へ大攻勢を仕掛けました。(黒溝台会戦)
クロパトキンとは方針が合わず、戦争途中で辞任し、首都に戻っています。

日露戦争後も、クロパトキンと責任の所在をめぐり、論争を繰り広げています。

誕生日

添田 唖蝉坊 (43) 壮士演歌歌手
星 一 (42) 星製薬社長

編集後記

第一次世界大戦では、ローマ法王がクリスマス休戦を呼びかけていましたが、この年はクリスマス休戦は行われませんでした。
各国ともに、本当に余裕のない、ギリギリの戦いを続けています。


日本国内もクリスマス・・・でしたが、あまりクリスマスらしい記事は見受けられず、教会で「もろびとこぞりて」が歌われました、ぐらいのものです。
まさに作られた習慣、という気がしますが、楽しければまぁいいんじゃない?というが僕の考え?であります。

この日衆議院で大いに述べている堀切善兵衛氏は、1882年生まれで、この頃が名前に”兵衛”がつく最後の世代だったようです。
”兵衛”がついていると、どこの老人か、と思われるという記事も読んだこともあり、名前にも変遷がありますね。


矢島楫子さんは、この時82歳ですが、本当に良く新聞に出てきます。
(一例:9月11日

矢島さんが初代院長となった、女子学院という学校は、今でも名門女子校として有名ということで、さすが矢島さん、と思います。

キリスト教の考え方で、娼妓の禁止を再三訴えていますが、確かにこの頃の姦通罪の基準は、現在の感覚からするとひどいですね。

大正天皇は歴史上初めて(過去にも居たとは思いますが)妾をおかなかった天皇ということで、この意味でも大正天皇の貢献もあると思います。

離婚の記事に関しては、昔も今も、というところがありますので、取り上げてみました。現代と比較してみると面白いと思います。
当時は20代前半で結婚するのが平均なので、当人たちも若いし、舅や姑さんもまだまだ若い人が多かったでしょうね。

早めに結婚して、早めに離婚すれば再縁も可能、というのはまったくその通りで、僕自身は早めに結婚することは大賛成です。

新聞を読んでいると、特に事件欄には「内縁の妻」という表記がよく出てきて、この頃は籍を入れていないこともそれなりに普通だったようです。結婚に関する考え方も徐々に変わってきたんでしょうね。

では、本日は以上です!


索引語:議会 社会 ドイツ 中国

Posted by 主筆 at 2015/12/24/23:50

follow us in feedly
このエントリーをはてなブックマークに追加

前の記事へ 次の記事へ