百年前新聞

2018-01-23

百年前新聞とは?

民間飛行家による初の東京上空飛行、主馬頭交代ほか

大正5年1月8日

伊藤式・恵美1型


大正5年(1916年)1月8日の出来事

【社会】伊藤音次郎氏が民間で初めて東京上空を飛行
【皇室】主馬頭交代 藤波言忠氏から渋谷在明氏へ
【陸軍】陸軍始め観兵式
【経済】物価の上昇
【社会】お正月の電話交換局の様子
【社会】ロシアから金塊が届く ー 造幣用
【中国】雲南省独立の続報
【アメリカ】オハイオ州の鉄鋼工場で暴動

国内

民間飛行家初の東京上空飛行


伊藤音次郎氏

民間飛行家の伊藤音次郎氏(25)が、初の東京訪問飛行を成功させています。

伊藤氏は、千葉県稲毛海岸の民間飛行研究会の飛行場から、自作の新造複葉トラクターで12時45分に飛び立ちました。

1時22分、東京の上空に現れ、有楽町の民間飛行研究会では役員一同が屋上で旗を振って歓迎しています。

そのまま飛行機は帰路につき、1時45分に無事に稲毛に帰着しました。

この飛行機は伊藤氏が自らが設計して、昨年7月に製造開始、11月に完成したものです。

伊藤氏は元々画家をめざしていましたが、飛行機に興味を持ち、4年前に研究会に入りました。性格は沈着で、民間飛行界の天才とのことです。

参考サイト: 日本・民間航空の曙

関連サイト: 稲毛民間航空記念館

主馬頭交代: 藤波子爵から渋谷中将へ


藤波言忠

宮内省の主馬頭(*馬を管理する)が、藤波言忠子爵から渋谷在明陸軍中将に交代となりました。

藤波子爵は明治の初期から宮中に勤め、奉仕42年に及びます。先日の御大礼(*即位礼)終了を機会とした、円満辞職です。

今後、藤波氏は貴族院勅撰議員となります。

長年の功労をねぎらい、皇室から藤波氏に御紋章入り銀の花瓶が一対、金一万円が御下賜されました。

藤波氏は馬に関する鑑識が深く、競走馬の育成にも関わられています。

陸軍始観兵式

年始好例の陸軍始観兵式が、宮城正門前広場で行なわれました。

大正天皇は愛馬ダップに騎乗され、ご臨席。

神尾光臣中将が指揮する2万人の兵士が分列式を行なっています。

物価の上昇

日本銀行の発表によると、前年12月の主要物品56種の物価は、前月に対し6.52%上昇しており、昨年同月に比べると実に18.61%の上昇です。

ヨーロッパの戦争で輸入が減少し、原材料も高くなっている、また輸出が増えていることが影響しています。

また、鉄の値段は戦前で百貫(375kg)21~22円だったのが、120円になっています。鉄不足によって、古鍋、古釘、古金具を買い歩く、新手の商売を行なう者もあるようです。

鉄商人は大儲けをしていますが、大阪の津田勝五郎氏が幼稚園を立てるという以外、慈善事業にお金を使う鉄商人の話は今のところ聞かれません。

ロシアから金塊到着ー造幣用

ロシア大蔵省官吏3名が、2500万円の金塊と一緒に大阪に到着しました。
金塊は憲兵6名に護送され、馬車10台で、大阪造幣局の倉庫にしまわれています。

ロシアでは紙幣の発行が間に合わず、日本に紙幣の印刷を依頼してきています。

関連記事: 10月29日 ロシア大使が外務省に造幣を依頼

お正月の電話交換局の様子

電話交換局では、お正月に文金高島田で出勤する交換手もいたようです。

元日は、電話で年賀を述べる人もいないので、仕事はひまでした。

ただ、酔っぱらって用もないのに電話をかけて、交換手をからかう輩があり、今年は特にこの種の電話が多かったようです。

海外

中国の雲南省独立に対する対応


馮国璋

南京の馮国璋(ふうこくしょう)将軍が、有力な将軍と連名で、北京政府、雲南独立政府
の双方に対し、「国家の大局から兵力を用いず平和に解決をしては」と勧告しています。
馮将軍は、中立の態度をとっていると思われます。

アメリカは中国政府に対し、雲南の問題が解決されるまでは帝政を承認しない旨を伝えました。

中国公使館付一等書記官 小幡酉吉(ゆうきち)が帰国

12月26日に北京発、天津で2泊、南京で1泊、上海で1月4日まで滞在し、人心の動静を検分して帰国した。

外交官の立場から、あまり多くは話が出来ないが、雲南将軍の唐継堯は当初は帝政賛成者と目されていたのに、23日になって急に態度を翻して、帝政反対を声明した。

これは、蔡鍔(さいがく)が譚人鳳(たんじんほう)と長崎で密儀した結果であろう。帝政賛成と言っていたのも、もしくはあらかじめ蔡鍔と打ち合わせが出来ていたのかもしれない。

いろいろな情報があるが、中央政府、または革命党からの情報であり、なかなか信頼するのは難しい。
南京、上海は、表面上は極めて平穏である。

親善特使として、農商部総長周自斉氏が来日することになっている。親善以外に特別な使命があるかのように伝えられているが、別にこれは御大典前に決まっていたことで、特別な意図は無いのでは。

ただ、我が国が来日をまだ受諾していないので、来日も不明である。

オハイオ州ヤングスタウンの工場で暴動


Ohio Memory Collectionより


アメリカのオハイオ州ヤングスタウンで製鉄所の職工がストライキを起こし、暴動に発展しました。
市内の商店が略奪され、これまでに死者3名、負傷者19名と伝わっています。

軍隊も出動し、暴徒がこれ以上広がらないよう、東ヤングスタウン橋を爆破しました。

ストライキの原因は不明ですが、軍需品製造で巨利を得ながら、賃金が上がらないということでは、と新聞では予想をしています。


このとき

出来事

・オーストリア戦艦3隻が、モンテネグロを攻撃
・黒海で、オスマントルコとロシアの軍艦が交戦、命中弾無し

訃報: 石井勇 (ジャーナリスト)

京都同志社から慶應義塾へ移り、明治26年に読売新聞に入社。その後、新潟新聞に移りましたが、明治33年に読売新聞に復帰し編集長、35年に主筆になりました。
が、会社の方針をめぐって社主と対立し、わずか1年で実業之日本社に理事として迎えられました。享年47歳。

誕生日

梅屋 庄吉 (47) 実業家、アジア主義者(孫文の庇護者)

編集後記

伊藤音次郎氏の飛行に関しては、こちらのサイトが良くまとまっていると思いますので、ご覧下さい。

民間飛行場の跡地には、稲毛民間航空記念館というものが建っているんですね。5月から100周年記念展示が開かれるようなので、関東の方は行かれてみてはと思います。

伊藤音次郎氏は、後年成田で農地開拓に取り組み、ちょうどそこが成田空港の建設予定地になったので、用地売却契約を最初に結んだ方でもあるようです。

人に歴史あり、つくづく航空に縁のある方です。

現代だったら、民間人が自作!の飛行機で東京上空を飛行機で飛ぶというのも、なかなか考えられないですね。
本日のBGMはこちら(Youtubeリンク)でいかがでしょうか?


物価が一年間で約2割上昇するというのも、現代の感覚からするとすごい。米の値段もある程度上がって、賃金も上がっているでしょうが、生活が苦しくなった方も相当いたと思います。


お正月の電話交換局の模様は、ちょっと微笑ましいニュースとして取り上げました。文金高島田とは、なかなかにぎやかな感じです。
まだ電話交換手が手動で繋いでいる時代で、若い子をからかうのにいたずら電話をかける人も居たということですね〜


中国のニュースも、記事を作るのに漢字の変換が大変です・・・と思ったら、名前が読めない方もいらっしゃるだろうな、と思い、ふりがなをつけてみました。

・・・というか、読めないですよね。先日のローマ字採用論もありましたが、漢字の数を制限したのは、本当に正解だと思います。
昔の新聞自体も、ほぼルビが振ってあるので、読めない方も相当いたでしょうし、新聞を作るのも面倒くさかったと思います。当時の新聞も、字を間違えていることが結構ありますよ。


ではでは、本日は以上です。


索引語:皇室 政治 陸軍 ロシア 訃報 アメリカ 中国 社会 産業

Posted by 主筆 at 2016/01/07/23:57

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