百年前新聞

2018-01-22

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大隈首相襲撃事件続報、ロシア大公来日関連ほか

大正5年1月14日

当時の三越 (思いつくまま、さんのサイトより)


大正5年(1916年)1月14日の出来事

【事件】大隈首相襲撃事件続報
【外交】来日中のロシア大公の様子
【政治】大隈首相と山県有朋の会談
【皇室】宮中で御講書始
【陸軍】製鉄所に関して談話
【社会】政教社の新年会
【中国】帝政開始に関する動静
【第一次世界大戦】モンテネグロの首都陥落

国内

大隈首相襲撃事件続報

昨日報道の大隈重信首相の襲撃事件に関して、実行犯は2人組で、年齢は30歳前後であることが判明しました。

これ以上の情報は捜査に影響があるということで、警視庁から発表を止められています。

また、首相の襲撃事件についての記事が、安寧秩序を乱すものとして、山形新聞、福島新聞、福島民報が発売禁止となりました。

来日中のロシア大公の様子


ミハイロヴィチ大公

来日中のゲオルギー・ミハイロヴィチ大公は、本日はロシア暦の元日のため、神田のニコライ堂を礼拝されました。

午後からは、上野博物館を訪問され、博物館の股野総長(77)が汗だくになりながら案内をされました。
ミハイロヴィチ大公は、ロシア帝室博物館の館長でもあり、特に古銭について興味を示されていました。また、オナガドリの標本が気に入ったようです。

帰りに三越呉服店に寄り、縮緬(ちりめん)と丸帯を女王のお土産として購入されました。
「まだまだ買いたいものがあるが、ルーブルが下がっているから」と冗談も口にされています。

大隈首相の山県公訪問


山県有朋

大隈首相は、午前中に山県有朋公爵を椿山荘に訪問し、1時間以上にわたり会談を行ないました。

内容の詳細は不明ですが、中国の帝政承認問題、ロシア大公からの用件について話をされたことと思われます。

中国問題に関しては、山県公は袁世凱を助け、帝政を実現させる、という意見です。よって政府の帝政延期勧告には不満を持っているとされています。

大隈首相は正反対の意見であり、会談で意見が一致したのか、注目が集まっています。

ロシア大公の用件に関しては、まだ報道することは出来ません。

(*ロシアへの武器供給、日露の同盟交渉についての話と思われます)

宮中で御講書始


芳賀矢一

富井政章


宮中で御講書始が行なわれました。

今年の名誉の講師は、

和書:東京帝国大学教授 芳賀矢一 万葉集に関して
洋書:東京帝国大学教授 富井政章 ナポレオン法典に関して
漢書:前華族女学校教授 土屋弘 威有一徳

の3名で、それぞれが約30分ほど講義を行なっています。

長時間にも関わらず、陛下は熱心に話を聞かれていたようです。


陸軍の製鉄所観 (某将校談)

最近の調査によると、1年平均の鋼鉄需要は約百万トン、そのうち三分の一が国内の製鉄所で生産されており、三分の二は外国からの輸入に頼っている。

これは国防上の見地からも由々しき問題で、今回の大戦役(*第一次世界大戦)は兵器の供給力が戦局の勝敗を左右する、という実例を示している。

日清、日露の戦争では、相手国が一国であり、しかも世界の同情が日本にあったため、鉄類の供給にはそこまで困難はなかったが、今後は必ずしも他国から軍需品の供給を受けることが出来ない可能性もある。

よって製鉄所の育成は、国防上も重要な政策である。

政教社の新年会

日本橋福井楼で、「日本及日本人」を発行する政教社の新年会が行なわれました。

社主の三宅雪嶺、三浦梧楼、頭山満、杉浦重剛などの国粋主義の重鎮が集まり、恒例の柳橋の芸者お琴婆さんの曲から始まっています。

三浦梧楼の詩吟、頭山満の端唄、杉山重剛の都都逸などが披露され、佐々木蒙古王、伊東知也などの国会議員も、正座をしておとなしくしています。

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海外

中国情勢

大正天皇の即位をお祝いするための使節、周自斉の一行が北京を出発しました。日本での滞在は3週間の予定です。

四川省の南部で、革命軍と討伐軍が衝突したという報道があります。
報道によると、革命軍が勝利し討伐軍は退却したとありますが、まだ小競り合いで、大勢を決するには至っていません。

モンテネグロがオーストリアに降伏

セルビアに対して援助を行なっていたモンテネグロの首都が、オーストリア軍により陥落し、モンテネグロは降伏しています。

このとき

出来事

・石川県で金野軌道(馬力)が野町駅 - 新野々市駅間を開業
・新潟県の栃尾鉄道で、楡原駅が開設

誕生日

アルベルト・シュヴァイツァー (41) フランスの捕虜
(アフリカのガボンで医療活動を行なっていたところ、第一次世界大戦が勃発し、フランスに捕らえられた)

永田 鉄山 (32) スウェーデン駐在武官

編集後記

ロシア大公はご自身も博物館館長ということで、日本の博物館を訪問したのは楽しかったでしょうね。
股野館長も老齢にむち打って、対応に当たられています。

三越百貨店は、当時東洋最大の百貨店で、外国からのお客様が周る定番コースになっています。


山県、大隈会談は、老両雄の対決、二人とも御年77歳です。

山県有朋は、革命党よりも袁世凱の方を支持しているんですね。陸軍の参謀本部は、革命党の方を応援しているので、山県有朋の影響力もちょっと落ちている、陸軍の若手が独自の動きを始めているんでしょう。

山県有朋は政党政治が嫌いなので、中国も君主制の方が親近感があったのでしょうか?
外交面では山県はパワーバランス重視なので、現実的にそちらの方が得と思ったんでしょう。

対して、大隈重信は外交的には対外硬で、この二人は本当に正反対です。30代の頃は、仲が良かったんですけどね。同じ年に生まれて、同じ時代に生きて、別々の道を歩んでいっています。(そして亡くなる年も一緒)

40を過ぎた頃に袂を分かって、70代後半になって一方は元老の筆頭、一方は内閣総理大臣として交じり合う。

真ん中に伊藤博文を置いて、三角関係のもつれ合いの本を書くと面白いかもしれません。


御講書始の名誉を担った芳賀矢一氏は、後年国学院大学学長、富井政章氏は立命館大学初代学長になります。
大正天皇も、長時間にわたり話を聞かれていたということで、この頃はまだまだお元気だったんでしょうね。


政教社の新年会は、国粋主義の重鎮が集まっていてなかなかすごいメンバーだと思いましたので、取り上げてみました。
佐々木蒙古王(安五郎)、伊藤知也は、衆議院の記事ではヤジ将軍的に出てきますが、このメンバーの中では全然小物です。


”連続活劇”というものが当時流行っていて、この「名金」も大ヒットになったとのこと。映画を毎週少しずつ公開していくスタイルで、今回は8回目だったんでしょう。
「キチー嬢の運命いかに!」です。


では、本日は以上です。


索引語:大隈重信 ロシア 山県有朋 皇室 陸軍 産業 中国 バルカン諸国 第一次世界大戦

Posted by 主筆 at 2016/01/13/23:56

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