百年前新聞

2018-04-25

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鈴ヶ森お春殺し事件の被疑者が釈放ほか

大正5年1月25日

大正5年(1916年)1月25日の出来事

【社会】鈴ヶ森お春殺し事件の被疑者が釈放
【社会】東京美術学校のゴタゴタ
【社会】高橋東京駅長の栄誉
【イギリス】徴兵制が下院通過
【訃報】佐々木 長淳
【訃報】高 永喜 (朝鮮の政治家)

国内

鈴ヶ森お春事件の真犯人現わる、被疑者の釈放


大阪朝日新聞

小守壮輔氏(36)は、昨年の春、大森の旅館の娘ハル(26)を鈴ヶ森で殺害した嫌疑で逮捕されていました。

本人の自白のみで決定的な証拠はなく、まだ裁判中の状態でしたが、このたび警視庁に拘留中の強盗陵辱殺人10数犯の石井藤吉が自分の犯行であることを告白し、小守氏は釈放されています。

関連記事: 9月28日 鈴ヶ森お春事件の公判

小守壮輔氏の談

昨年4月30日、いつものように出勤していますと、突然品川署の刑事が事情を言わず拘引しました。

警察に行って、私がお春殺しの犯人であると言われて、びっくりしました。その日は、私は同僚と吉原をひやかして帰り、11時頃に寝たのでした。

私は5月5日まで品川署の留置場にいて、6日に警視庁に回されました。

尋問はいつも夜で、「証拠は挙がっている、いくら隠しても駄目だ」と、同じことを何度も言われました。

15日からは手錠をはめられ、手錠のはまった手を頭の後ろにまわされ、立ったままでの尋問となりました。
手錠には綱がつけられていて、綱が尋問所のクギに結び付けられていて、一時間もすると倒れそうになり、痛い思いをしました。

刑事は銀のキセルで40、50回も続けざまに殴ります。
そして、「ビール樽に詰めて転がす方法もある。また、演武場で袋だたきにする方法もある。」と言って、自白を迫りました。

肉体上の拷問であれば耐えられましたが、女房が私への手紙に、気がつかれないように白粉で字を書いてあったということで、

「このようなことを知っているのは、お前の女房は前科者に違いない。」

「女房は既に拘引した、お前の子供も学校からよされるから、今に乞食になるよりほかはない。」

などと精神上の拷問も加えられ、5月23日についに嘘の自白をしたのです。

私が虚偽の自白をした方が、自分のため、家族の為にも幸福であると思いました。

自白をすると決意して、尋問に向かいましたが、感情がたかぶって泣けてくるばかりで、一言も口がきけませんでした。

部長は憤慨して「昨夜自白するというから菓子を食わせたんだ。自白しないならば、菓子を吐き出せ」と言いました。

自白は、刑事が尋問したことを、相違ありませんと答えたのみです。

私はこれでもおかげで無罪放免となりましたが、世間に私のように無実の罪で苦悶している人がいくらあるかしれないと思います。考えると戦慄のほかありません。

東京美術学校のごたごた

既報の通り、
東京美術学校で正木直彦校長に対して、反抗の動きがあります。

美術学校の卒業生の団体、東台美術会は「岡倉天心氏が校長の時代は、民間からの美術学校への依頼は東台画会にまかせていたのに、正木氏が校長となってからは正木氏の腹心にやらせるようになっている」と、正木氏の糾弾に加わりました。

正木氏の官僚主義 対 従来の美術学校の自由主義との戦いとも言える状況です。

東京駅長 高橋善一氏の名誉

御大典の際、天皇陛下を奉迎して勲功のあった東京駅長高橋善一氏は、宮中からお召しがあり、御陪食の栄誉を賜りました。

高橋氏は40年以上鐡道界に勤務した大ベテランで、フロックコートにシルクハット姿で感涙にむせんでいます。

参考: 雇用者から見た働く女性 東京駅

海外

イギリスの徴兵制案が下院を通過

1月4日にアスキス首相が表明した徴兵制案が、385対36の圧倒的多数をもって下院を通過しました。
上院での通過もほぼ間違いない情勢です。

このとき

出来事


病院船の塗装をしたモーリタニア号

・イギリスの客船モーリタニア号が、病院船として徴用される。当時世界最速(26ノット=48km/h)の客船。定員2165名。前年、ドイツ潜水艦により撃沈されたルシタニア号の姉妹船。

・山川均が、東京に戻り堺利彦の売文社に加わる。

訃報: 佐々木 長淳 (福井藩士、養蚕の大家)


福井市立郷土歴史博物館蔵

文政13年(1830)生まれ、享年86歳。

福井藩士の家に生まれ、安政の大獄で亡くなった橋本左内の親友でした。

幕末の福井藩で軍備の洋式化に活躍し、洋式帆船を作ったこともあります。ペリー来航時には、ポーハタン号に乗り込んだこともありました。アメリカで軍器購入の交渉に当たったこともあります。日本で一番最初に、顕微鏡を使って昆虫を見た方でもありました。

明治維新後は工部省に出仕し、ウィーン万博に出席した際にヨーロッパの養蚕、紡績技術を視察し、日本人として初めて近代的工場を作り上げた人物でもあります。

高永喜 (コ・ヨンヒ、こう えいき) 朝鮮の政治家


高永喜

1849年生まれ、享年66歳。

李氏朝鮮時代に、日本の文物を見て、開化派官僚となり、1895年には、駐日特命全権大使となります。

立憲君主制、清朝からの独立を目指しますが、日韓併合後には朝鮮貴族(子爵)となり、朝鮮総督府の顧問となられました。

誕生日

加藤 高明 (56) 与党立憲同志会総理(*党首)
サマセット・モーム (42) 第一次世界大戦従軍中
北原 白秋 (31) 詩人
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー (30) 指揮者

編集後記

本日は社会面中心です。

鈴ヶ森お春殺し事件は、大正期を代表する冤罪事件です。当時の取り調べの様子が分かりますね。


高橋東京駅長は、名物駅長として人気者だったようで、山田耕筰(作曲者)の自伝を読んでいても、名前が出てきました。
長年の勤続が評価されて、名誉の食事をたまわったのは、一生の思い出だったでしょう。

この日亡くなった、佐々木 長淳さんは、調べてみるといろんなことをされていまして、もう少し有名でも良い方だと思います。

高永喜さんは、(はっきり分かりませんでしたが)日韓併合条約には協力的だったので、日本統治下で華族となったと思われます。現代でも、韓国では評判は良くないようです。

詳しく分からなくて申し訳ないのですが、日韓併合にはいろいろな立場で、いろいろな思いがあっただろう、という一例として紹介します。

誕生日欄では、サマセット・モーム(イギリスの作家)が、この日誕生日でした。
モームの「月と六ペンス」はかなり面白かった記憶がありますが、モームも第一次世界大戦に従軍していたんですね。この頃のヨーロッパの人は、多かれ少なかれ、第一次世界大戦に何らかの形で関わっています。

では、本日は以上です。


索引語:事件 教育 美術 社会 訃報

Posted by 主筆 at 2016/01/24/00:03

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