百年前新聞

2018-04-22

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故荻田常三郎の愛機をナイルス氏が飛行ほか

大正5年1月29日

大正5年(1916年)1月29日の出来事

【航空】故荻田常三郎の愛機をナイルス氏が飛行
【社会】横浜で染料会社から悪臭
【中国】第三革命の進捗
【第一次世界大戦】ドイツ飛行船がパリを空襲

国内

故荻田常三郎氏の愛機をナイルス氏が飛行


大阪朝日新聞

昨年、墜落して亡くなった民間飛行家 荻田常三郎氏の愛機「翦風(せんぷう)号」を、友人の熊木九兵衛氏が10ヶ月にわたって修復していました。

久兵衛氏はこれを「第二翦風号」と名付け、来日中のアメリカ人飛行家ナイルス氏に飛行を依頼、求めに応じてナイルス氏は滋賀県八日市町の沖野原飛行場を訪問し、試験飛行を行なっています。

午後1時より、ナイルス氏は3時間にわたり機体を検査、検査終了後500メートルの高度で試験飛行を行ないました。

荻田氏の未亡人も来場し、飛行姿を見て涙ぐんでいます。

ナイルス氏は第二翦風号を鳴尾飛行場に持っていき、宙返り飛行にも使用する予定です。

参考HP: 熊木久兵衛さんの大変さが分かる 中島伸男さん

ナイルス氏の談

機体はまだ誰も試験していないから、だいぶんすべての部分が固い。しかし組み立てはなかなか良くできているから、少し使用すればなかなか良いものになります。

それからモーターもなかなか立派なもので、自分の発動機よりはるかに良いかもしれない。

翦風号は、大阪や京都ぐらいの飛行には十分使用可能です。

関連記事: ナイルス氏の曲芸飛行(12月11日)

横浜で公害

日本化学染料合資会社では、昨年11月に横浜に研究所を設置していました。

硫黄などを10個の窯で煮沸していましたが、悪臭がするということで、保土ヶ谷町の住人が防臭設備を設置するよう願い出ていました。

このたび保土ヶ谷駅を通過した、さる高貴の方より悪臭の訴えがあり、警察は日本化学染料合資会社に操業禁止令を出しました。

従業員も、目や脳を痛めていると思われます。

海外

中国情勢


雲南省の独立軍が、四川省の自流井(地図)を占領しました。
成都、重慶にほど近い四川省の要地であり、近々に独立軍と討伐軍の大きな戦いがあることが予想されます。

貴州省も独立の報道がありましたが、どうやら事実のようです。

(*この時点での袁世凱の皇帝就任に反対して、独立を宣言したのは雲南省、貴州省の2省)

ドイツ飛行船がパリ空襲

ドイツのツェッペリン飛行船が、フランスの首都パリを空襲しました。
パリ市民の死者7名、負傷者22名です。

パリへの空襲は、これまでは飛行機で散発的に行なわれており、飛行船での襲撃は初ということで、ベルリンではツェッペリン伯爵邸へ喜びの民衆が訪れていたそうです。

このとき

出来事

プロコフィエフの『スキタイ組曲』が、ペトログラードで作曲者自身の指揮で初演される。(Youtube)

訃報: ジビュレ・フォン・オルファース (ドイツの絵本作家)


オルファースの作品

1881年東プロセイン生まれ、享年34歳。

貴族の家柄に生まれ、修道院に入った後も絵を学びつづけ、美術教師をしながら宗教画、絵本の制作をされました。

代表作: ねっこぼっこ

誕生日

北里 柴三郎 (63) 医者、北里研究所所長
ロマン・ロラン (50) フランスの作家、戦争反対によりスイス亡命中
吉野 作造 (38) 東京帝国大学教授、民本主義を唱える

編集後記

荻田常三郎氏の飛行機を友人が修復して、それをナイルス氏が飛んでいるというのは良い話ですね。

荻田常三郎氏は、日本の航空界の黎明期の方で、フランスに留学して操縦技術を習得し、自分でも飛行機を作成(改良?)して飛び立ち、わずか30歳にして亡くなった方です。

ちょっとこの歌を思い出しました。(勇気一つを友にして

ナイルス氏に関しては、この頃はこんなに人気者だったのに、今となってはほとんど忘れ去られている存在です。

人間は忘れる動物で、必要ない情報は消えていくのも世の中の道理ですが、ちょっと切ない感じがします。


横浜で公害、中国の第三革命の進捗、など、世の中も動いてきていますね。

では、本日は以上です。


索引語:航空 産業 中国 訃報 社会 公害

Posted by 主筆 at 2016/01/28/11:39

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