百年前新聞

2017-12-17

百年前新聞とは?

1916年(大正5年)9月5日~11日の出来事

大正5年9月6日

1916年(大正5年)9月5日

日本軍が朝陽坡を占領

9月3日に発生した朝陽坡事件にともない、日本軍が朝陽坡を占領しました。

日本の護衛隊は中国軍の包囲にあい、このままだと自滅に陥る可能性があるため、自衛のため攻撃ということになり、交戦2時間の末、朝陽坡を占領した模様です。

中国軍は退却、蒙古軍はモンゴルへの退却を続けるため、両軍はここで別れたこととなり、本事件はここで終結になる可能性があります。

抜本的解決を求める 大阪毎日社説要旨

・満蒙において、日中両国の関係ははなはだしく円滑を欠いている。実に両国にとって悲しむべきことである。
・今回の事件を知るにつれて、中国側に非があることは明確である。
・日本が停戦を斡旋していることが分かっていながら、蒙古軍を攻撃したことは、日本を無視した行為であり、断じて許すことはできない。
・停戦交渉に行き違いがあったとしても、日本軍に対して銃火を開き、国旗に多数の弾丸を発射して傷つけ、日本軍を危険に陥れたことは、日本の軍隊を無視し、大元帥陛下の御威徳を汚すものである。
・鄭家屯事件に対する、日本政府の要求はわずか4ヶ条であり寛大すぎる。宋襄の仁に陥るのではないか。日本に対する侮辱心を涵養するものではないか。

北京での報道

鄭家屯事件に関する交渉は、日本側の要求は9か条である。
(日本側の発表では4ヶ条)

日本側は、たとえ鄭家屯事件が発生しなくても提出した要求だと主張しているが、中国側は鄭家屯事件個別の問題として取り扱いたい。

日本側が鄭家屯事件に口を借りて、中国の主権を犯そうとするのであれば、これは承認できない。

その他の出来事

【産業】
横浜正金銀行、シンガポール支店開設

【地方】
兵庫県の能勢鉄道で、鼓滝駅~鴬の森駅間に矢問駅が新設
(昭和28年に廃駅)

【中国】
北京政府首脳が、鄭家屯事件の交渉に関する首脳会議
黎元洪総統、段祺瑞国務総理、陳錦濤外交総長

【第一次世界大戦】
ルーマニアのトゥトラカン要塞の1/3を、ドイツ・ブルガリア軍が占領

1916年(大正5年)9月6日

朝陽坡事件続報

閣議で事件に関する報告

6日に行われた閣議では、大島陸相および石井外相から朝陽坡事件の報告がありましたが、事件の詳細がまだ明らかでないことから、後日また方針を定めることになりました。

ただ、今回は死傷者が無く、国旗侮辱事件も故意の行動ではないと思われるため、特別な外交問題とはしない意向のようです。

前満州司令官 藤井幸鎚中将の談

8月中旬まで満州独立守備隊司令長官だった藤井幸鎚中将が、5日大連から神戸に戻ってきました。
藤井中将は、新聞記者に対して、次のように語っています。


藤井幸鎚

その後の情報は来ているかね。

我が佐藤枝隊が出動するというのは、蒙古軍、中国軍を退去させるためで、中国兵を膺懲するという目的ではなかろう。

もっとも我が軍が出動すれば、彼らを一蹴することはいと容易であるが、我が軍の精鋭なことは、御大の張作霖はもちろん、将校以上の者はよく知っている。

鄭家屯事件にしても、朝陽坡問題にしても、別に計画があってやった訳ではなく、蒙古軍の背景に日本人がいるという疑心が暗鬼を生じて、こんな重大事件になったようにも思われる。

さればとて、中国兵が日本人に対して従順かといえば、そうとも言えない。元来が、横に車を押したがる中国兵のことだから、決してハイハイと黙過しては、将来のためにならない。

在満の1年8カ月間は、いや随分忙しくして、安心がならなかったよ。

横浜正金銀行シンガポール支店開設に関して

横浜正金銀行が海峡植民地のシンガポールに出張所を設け、為替事務の取り扱いを開始したことは報道の通りですが、既に豪州のシドニーにも支店を設けたことから、これは南洋発展の大きな一歩です。

現在のシンガポールとの貿易額はわずかですが、南洋方面の開拓が進み次第、刮目することになるでしょう。

関連記事:シドニー支店開設 1915年8月3日

佐賀紡績 設立有望に

佐賀市の地元資本家により計画されていた佐賀紡績の設立問題は、資金面の支障があり行き悩みの状況になっていましたが、佐賀市の野口市長に対して、神戸の鈴木商店から出資の話があったようです。

地方の資本家で資本を集め、不足分はいくらになろうとも、引き受けるという鈴木商店の申し入れです。

その他の出来事

【経済・外交】
フランス国債 9千万フランを買入れ

【地方】
秋田県の鳥海山麓になるイチゴに、アメリカの農事試験場から照会がある
参考サイト: 秋田の古い新聞記事

【アメリカ・産業】
テネシー州メンフィスで、ピグリー・ウィグリーが1号店を出店。
これまでの八百屋とは違い、お客が店内を回遊して商品をカゴに入れる新方式の店。
(スーパーマーケットの発祥)

【ドイツ】
ルフト・ファールツォイク社で生産中の新型機CⅢが火事により焼失

【第一次世界大戦】
ルーマニアのトゥトラカン要塞が陥落。約3万人が捕虜。(ルーマニア戦線)


ピグリー・ウィグリー1号店

1916年(大正5年)9月7日

鄭家屯事件の交渉に関する北京政府首脳の意見

黎元洪総統の意見

日中の交渉に関しては、親睦な国交を破らないことがもちろんだが、国体を傷つけることなく、主権を害すことがなく、国民の希望に応えることも重要である。

段祺瑞国務総理の意見

外交問題は極めて重要なため、交渉の方針は政府で完全に責任を負う。
日本の要求に対しては、慎重に検討しつつ、機会を逸せず、権利を喪失しないようにすることが大事である。
各省の人民には、中央の解決を待つように訓令する。

その他の出来事

【地方】
鳥取県智頭町に河野神社が設立される。元々4社だったものが、独立採算が難しくなり合祀。

【アメリカ】

・政治
国家公務員(50万人)保護のため、労働者災害補償法を可決。労働中の災害に関して、手当を支給する法律。
連邦準備法改正。連邦準備銀行の連邦準備券の担保を拡大する。

・社会
ニューヨークでイタリア系マフィアの抗争。ナポリ系のカモッラが、シチリア系のモレロ一家の幹部2名を暗殺。全面戦争に突入。

1916年(大正5年)9月8日

出来事

【アメリカ】
メジャーリーグのウォーリー・シャングが、記録上初の左右両打席でホームランを放つ。

【訃報】
堀田瑞松 (彫刻家)
天保8年(1837)生まれ、享年79歳。
彫刻家としても有名ですが、日本人初の特許取得(明治18年)者として名を残されています。
鉄製船舶の船底の錆を防止するため、日本の伝統的な素材である漆を主成分とした防錆塗料を開発されました。

参考サイト:日本加工塗料株式会社

1916年(大正5年)9月9日

鄭家屯事件に対するアメリカの反応

アメリカ国務省は、鄭家屯事件およびその後の日中交渉に関して、下記のように発表しました。

・鄭家屯事件に関する情報は不十分であり、事件の真相は不明
・事件後の日中の交渉に関しても、その内容は曖昧であり、どのようにも解釈可能

アメリカの新聞紙では、さらに詳細の情報を待つ様子で、踏み入った論評は見られず、ただこの問題は重大であると伝えています。

ワシントン駐在の日本大使館の某氏によると、

・日本がアメリカに対して、鄭家屯事件に関して報告をしないのは、アメリカがメキシコへに介入したことへ、日本へ報告しないのと同じことである
・アメリカの利権は毀損されず、アメリカ政府と協議する必要はない
・ただ、アメリカ政府から日本の要求に関して提示要求があれば、これに答えることにはやぶさかではない

ということです。

米価調節調査会 調節法8項目を決定

米価調節調査会の第二回総会が行われ、調節方法8項目が決定されました。
(関連記事)

1. 低利資金を融通すること
2. コメに関する関税制度を改正すること
3. コメの輸出を奨励すること
4. 農業倉庫の設置を奨励すること
5. 正米市場を整備すること
6. 田租納期の繰り下げをすること
7. コメの加工方法、利用方法の研究をすること
8. 米作に対する統計を改良すること

附議として、朝鮮、台湾に適した農作物の、農業経済の調和を政府に求めています。

関連記事:1915年10月22日など

その他の出来事

【経済・外交】
横浜正金銀行、興亜公司に対する借款を実行。中国政府の鉱山経営資金を援助。

【地方】
新潟県の長尾鉄道が、長岡~下長岡を延伸

【中国】
張継(34)ら、憲政商権会を組織。

【イギリス】
ブリストルF2が初飛行(複座戦闘機)-1920年代に入っても使われる名機

1916年(大正5年)9月10日

大阪でコレラ患者が1000人に迫る

全国一のコレラ流行地となった大阪では、ついに患者が1000名に達しようとしています。

コレラが大阪に入ったのは8月11日(敬神丸の入港)のため、ちょうど1ヶ月で、これまでの死者は355名です。

ただ明治19年のコレラ流行時は、死亡率が75%でしたが、今回は半数以下となっており、医学の進歩がうかがえます。

なお発信源の長崎県では、累計患者数は754名です。

その他の出来事


ゲルンスハイム

【地方・航空】
宮崎県で日本初の水上飛行機「白戸式インディアン六十馬力・巌号」が離水に成功し、約30メートルの高さを飛行。操縦は後藤勇吉(19)
参考サイト:宮崎県季刊誌jaja

【訃報】フリードリヒ・ゲルンスハイム(ドイツの作曲家)
1839年生まれ。
ケルン、ロッテルダム(オランダ)、国立歌劇場などの音楽監督を務め、1901年にはドイツ作曲家アカデミーの院長になられました。
忘れられた作家でしたが、近年、再評価されているようです。

1916年(大正5年)9月11日


河上肇「貧乏物語」連載開始

京都帝国大学教授の河上肇氏が、大阪朝日新聞で「貧乏物語」の連載を開始しました。(12月26日まで、断続的に連載)

*後に単行本化され、政治思想に大きな影響を与える。この時点の河上肇は、マルクス主義者ではなく、マルサス主義。

その他の出来事

【地方・鉄道】
三重県の上野駅が、伊賀上野駅に改名

【社会】
御木本幸吉が、真珠素質被着法(真円真珠)の特許権を取得

【社会】
東京医学講習所開設(現東京医科大学)
日本医学専門学校の学生 450名が同盟退学し、東京物理学校(現東京理科大)内に開設

関連記事:1915年12月19日 日本医学専門学校の紛擾

【外交】
閑院宮載仁親王(50、陸軍大将)が、ロシアに向けて出発
日露両国の親善が目的

【第一次世界大戦】
ドイツ軍、ギリシャ北部カバラに進撃

この週に誕生日を迎えた人々

千家 尊福貴族院議員71
山川 健次郎東京帝国大学総長62
團 琢磨三井財閥総帥58
陸 栄廷広西都督、南方派重鎮57
羽仁 もと子雑誌編集者、教育者43
D.H.ロレンス作家31
ジョセフ・P・ケネディコロンビア信託銀行頭取28

索引語:アメリカ 中国 健康・医療 地方 学問 小売 思想 満州 産業 社会 第一次世界大戦 航空 訃報 鉄道 陸軍

Posted by 主筆 at 2016/09/12/14:49

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